アメリカ海軍天文台
United States Naval Observatory
設置場所Observatory Circle
アメリカ海軍天文台(アメリカかいぐんてんもんだい、英語: United States Naval Observatory, USNO)は、アメリカ海軍の管轄下にある天文台である。アメリカ合衆国で最も古い科学機関の一つで[1]、アメリカ海軍とアメリカ合衆国国防総省のための測位・航法・報時(PNT: Positioning, Navigation, Timing)の提供を主な任務としている[2]。
ワシントンD.C.北西地区(英語版)のエンバシー・ロウ(英語版)の北西端に位置する。建設当時は郊外であったが、現在は周辺も都市化し光害の影響を受けるようになっている。
元所長のゲルノット・M・R・ウィンクラー(英語版)は、アメリカ宇宙軍が運用するGPS衛星群に正確な時刻を提供する「マスタークロック」(親時計(英語版))サービスを開始し、現在もUSNOが運用している[3]。USNOでは、地球姿勢パラメータ(英語版)を生成するために、世界中の多くの共同研究者とともに、VLBIによるクエーサーの位置測定を行っている。
また、海軍天文台の敷地内にある邸宅・オブザーバトリー・サークル1番地は、1974年から副大統領の公邸として使われている。
歴史海軍天文台の鳥瞰写真1877年にアサフ・ホールが火星の衛星の発見に使用した、口径26インチ(66センチメートル)の望遠鏡
1825年、ジョン・クィンシー・アダムズ大統領は、大統領を退任する直前に国立の天文台を設立する法案に署名した。当時アダムスは、天文学を国家レベルで普及させるための努力をしていた[4][5]。アダムズは毎晩、星の観察と記録を行っていた。アダムズは、国立の天文台の名称をNational Observatory(国立天文台)とするつもりだった[6]。設立当初は、National Observatory(国立天文台)とNaval Observatory(海軍天文台)の2つの名称が併称されたが、その後、正式に後者を使用するという判断が下された[7]。
1830年12月6日、海軍長官ジョン・ブランチの命令により、Depot of Charts and Instruments(海図装備兵站部)[8]として設立された天文台は、当初は小規模なものだった。ルイス・M・ゴールズボロー(英語版)中尉が長となり、年間予算は330ドルで、航海用計器の修復・修理・較正を主な業務としていた。
1842年、連邦法と議会からの2万5千ドルの予算により、国立の天文台として設立された。ジェームス・メルヴィル・ギリス(英語版)中尉は、「必要な機器と書籍の入手」を担当した[9]。ギリス中尉はヨーロッパの主要な天文台を訪問し、望遠鏡やその他の科学機器、書籍を購入した[10]。