アフリカ睡眠病
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トリパノソーマ症 > アフリカ睡眠病

アフリカ睡眠病

アフリカ睡眠病を引き起こすトリパノソーマ(紫色をした4つ)
概要
診療科感染症内科学
分類および外部参照情報
ICD-10B56
ICD-9-CM086.5
DiseasesDB2927713400
MedlinePlus001362
eMedicinemed/2140
Patient UKアフリカ睡眠病
MeSHD014353
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アフリカ睡眠病(アフリカすいみんびょう、African sleeping sickness)は、ツェツェバエが媒介する寄生性原虫トリパノソーマによって引き起こされる人獣共通感染症である[1] 。病状が進行すると睡眠周期が乱れ朦朧とした状態になり、さらには昏睡して死に至る疾患であり、これが名前の由来となっている。催眠病、眠り病、アフリカトリパノソーマ症(African trypanosomiasis)とも呼ばれる。

アフリカサハラ以南36か国6千万人の居住する領域における風土病で、感染者は5万人から7万人と推計されている[2]。症例の80%以上はコンゴ民主共和国で発生している[1]顧みられない熱帯病のひとつである[3]
疫学各国人口10万人あたりのアフリカ睡眠病による死者数(2002年)[4]

サハラ以南36か国で見られており、ウガンダ南西部とケニア西部では風土病となっており、年間4万人が死亡している。6000万人が感染のリスクにさらされており、毎年30万人が新たに感染していると考えられていたが[5]、新規患者数は減りつつあり2007年には1万人ほどになった。アフリカ睡眠病によってのべ200万年におよぶ障害調整生命年 (DALY) が失われていると推定されている[6]

ツェツェバエが媒介するため、ツェツェバエの生息地が流行地となりやすい。しかしツェツェバエが生息していても流行の見られない土地もあり、その理由はよくわかっていない。農業・漁業・牧畜・狩猟などをして田舎で暮らす人々はツェツェバエに刺されやすく、したがって罹患しやすい。流行地は往々にして遠隔地であり、医療体制が脆弱である。流行は集落に留まる場合から地域全体に広がる場合まであり、また地域のなかでも集落ごとに流行の程度に差があるのが常である。集団移住、戦争、貧困などが伝染を増やす主な要因である[2]
症状

第1期は発熱・頭痛・関節痛といった症状が認められ、原虫が循環系に広がるにつれリンパ節が大きく腫れ上がる。首筋の背中側のリンパ節が腫脹するWinterbottom徴候が認められる場合がある。これを放置すると、次第に感染者の生体防御機構をくぐりぬけ、貧血や内分泌系・心臓・腎臓の疾患を示すようになる。病原体がガンビアトリパノソーマである場合には症状に気付かぬまま過ごしてしまう場合も多い。

第2期では、原虫は血液脳関門を通過して神経疾患を引き起こす。まず神経痛が認められ、錯乱や躁鬱のような単純な精神障害が現れる。次いで睡眠周期が乱れて昼夜が逆転し、昼間の居眠りや夜間の不眠となる。そのうち常に朦朧とした状態になり、さらには昏睡して死に至る。この時期の症状がこの疾患の名前の由来となっている。原虫により放出されるトリプトフォールが睡眠を引き起こすと考えられている[7]

治療しなければ致命的であり、第2期には治療したとしても不可逆的な神経傷害を受けることがある。
病原体

アフリカ睡眠病の病原体はツェツェバエが媒介するトリパノソーマという原虫である。分類学的にはブルーストリパノソーマ (Trypanosoma brucei) という種であるが、このうち2つの亜種がヒトにアフリカ睡眠病を引き起こす。亜種の違いにより病状に差が出るほか、媒介するツェツェバエにも差があるため地理的分布に差がある。
ガンビアトリパノソーマ (T. b. gambiense)
主にアフリカの中央部・西部(ヴィクトリア湖より西)に分布しており、主な保虫宿主はヒトであるがブタやその他の動物からも見出される。水辺に多いGlossina palpalisグループが媒介する。発症するまでに数か月から数年にわたる慢性的な経過をたどり、その時点ですでに中枢神経が冒されている事が多い。報告される症例の9割方はこの原虫によるものである。
ローデシアトリパノソーマ (T. b. rhodesiense)
アフリカ南部・東部(ビクトリア湖より東)に分布しており、狩猟動物や家畜が主な保虫宿主である。サバンナに多いGlossina morsitansグループが媒介する。数週間で発症し急性的な経過をたどる。

なお中南米シャーガス病を引き起こすのはクルーズトリパノソーマ (Trypanosoma cruzi) という別種であり、同じトリパノソーマ属の原虫であるが性状にかなりの差がある。
生活環Trypanosoma bruceiの生活環
感染しているツェツェバエが哺乳類から吸血する際に、メタサイクリック型の原虫が皮膚に注入される。

原虫は宿主体内で血流型へ変態し、リンパ系から血流へと流れ込み体中へ運ばれる。

常に細胞外(血液・リンパ液・髄液などの体液中)で二分裂により増殖する。

血流型原虫

ツェツェバエは、吸血する際に血液中の血流型原虫を取り込むことにより感染する。

ツェツェバエの中腸でプロサイクリック型へと変態し、二分裂により増殖する。

中腸から脱出すると上鞭毛型へと変態し、

唾液腺に到達して増殖を続け、一部がメタサイクリック型へと変態する。

ツェツェバエでの発育には3週間ほどを要する。
感染経路

ツェツェバエに吸血されることによりトリパノソーマに感染する。それ以外にも、まれに以下のような原因で感染する場合がある。

母子感染: 胎盤経由で胎児に感染することがある
[8]

実験室: 感染者の血液や移植臓器を取り扱う際に、偶発的に感染することがある

輸血

性接触[9]

診断アフリカ睡眠病患者の薄層血液塗沫標本(ギムザ染色・同一試料中の2視野)。血流型の原虫は後部にキネトプラスト(ミトコンドリア)、中央に細胞核があり、前部から出た鞭毛が波動膜を伴っている。ヒトの病原体2亜種は形態からは区別できない。長さ14から33μm。

診断は下疳液・リンパ節吸引液・血液・骨髄・髄液などを検鏡してトリパノソーマの存在を示すことによる。生鮮のまま、あるいは固定しギムザ染色した後に検鏡する。検鏡する前に遠心などの方法で濃縮することもできる。ラットやマウスに接種して原虫を単離するのは感度の良い方法だが、ローデシアトリパノソーマに限られる。
予防と治療
予防

今のところワクチンはない。感染予防に関しては、該当地域に渡航の際、ハエに刺されないような工夫をすることが重要である。
治療

原虫が中枢神経に達する前後で取るべき治療法が変わるため、感染者を見出した場合には腰椎穿刺による髄液の検査を行い、病状の進行段階を見極める必要がある。原虫が中枢に達する前(第1期)であれば予後は比較的良好であるが、中枢に達した後(第2期)は治療はより困難になり、治癒したとしても後遺症が残る場合が多くなる。また治療後は再発を捉えるために、2年間にわたって6か月ごとに腰椎穿刺による検査をすべきである。(以下の記述は英語版ウィキペディアによる。厚生労働省研究班による ⇒寄生虫症薬物治療の手引きも参照のこと。)
第1期
第1期における標準的な第一選択療法は、ガンビアトリパノソーマに対してはペンタミジン (pentamidine) 静注または筋注、ローデシアトリパノソーマに対してはスラミン (suramin) 静注である。これらの薬剤は血液脳関門を越えないため、第2期には効果がない。
第2期
ガンビアトリパノソーマに対してはエフロルニチン (eflornithine) 50 mg/kg 静注6時間おきに14日間[10]を用いる。オルニチン脱炭酸酵素の阻害剤であるエフロルニチンは、ガンビアトリパノソーマにしか効かないが、メラルソプロールよりも副作用が少なく[11]、第一選択薬となり得る[12]。またエフロルニチンとニフルチモックスを併用すればエフロルニチン単剤よりも安全・簡単で効果的であるという結果がある[13]。エフロルニチンが効果ない場合およびローデシアトリパノソーマに対しては、メラルソプロールニフルチモックス併用療法(1日目メラルソプロール 0.6 mg/kg 静注・2日目おなじく1.2 mg/kg 静注・以後10日目まで1日おきに1.2 mg/kg 静注およびニフルチモックス (nifurtimox) 7.5 mg/kg 経口投与[14])を行う。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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