アシスト_(自転車競技)
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数チームのアシストが先頭集団にエースが位置取りするための隊列を作る。ジョージ・ヒンカピーツール・ド・フランスのイエロージャージを着るエース、ランス・アームストロングをアシストする。

自転車競技におけるアシストとは、チームとエース(主力選手)の利益のために働く自転車ロードレース選手である。英語圏ではフランス語で「下僕」を意味するドメスティーク(: domestique)[n 1]イタリアおよびスペインでは、グレガリオ(: gregario、 ⇒「集団の中の1人」を意味するローマ時代の戦士)と呼び、ベルギーオランダではそれぞれクネフト(: knecht、下僕、助力者)と呼ぶなど、欧米では球技で用いられる「アシスト」と言う言葉を自転車競技に用いるのは一般的ではない。ドメスティークという言葉が最初に使われたのは1911年だが、それ以前もこの役割の選手は存在した。
目次

1 発祥

2 最初のアシスト

3 「ドメスティーク」の語源

4 献身的アシスト

5 基本的サポート

6 戦術的サポート

7 アシストの序列

8 個人の栄光

9 アシストの進化

10 脚注

11 参考文献

12 関連項目

発祥

自転車競技選手の労力の大部分を占めるのは、前方の空気を横へ押しのけることである。このため、先頭に立つよりも、別の選手のスリップストリームの中にいたほうが走行は容易である。走行速度が上がるほどこの差異は顕著なものになる。競技選手は当初からこのことを承知しており、それを考慮して走行をし、またしばしば先頭交代をしながら走行した。これはやがて、スリップストリームを作るための選手を用意し、その後方でエースが走行するということにつながっていく。

アシストの人数が増えることによって、より複雑な戦略が可能となる(下記参照)。アシストがレースを完走することは、その役割を全うことに比べれば重要視されない。アシストは、エディ・メルクスベルナール・イノーミゲル・インドゥラインランス・アームストロングといったエースたちのように、栄誉を共有することはない。しかし、自分自身の栄光を勝ち取ることができる。ジャック・アンクティルをアシストしたルシアン・エマールツール・ド・フランス1966で総合優勝しており、またツール・ド・フランス1985ベルナール・イノーのアシストをしたグレッグ・レモンは翌年のツール・ド・フランス1986で総合優勝した。2012年ブラッドリー・ウィギンスをサポートしたクリス・フルーム翌年に栄冠を得ている。

作家のロジャー・セント・ピエール(Roger St Pierre)は次のように語った:レースの勝敗が決するのは、しばしばチーム戦術である。勝利を争う位置に選手たちがいるとき、副官たち (lieutenants) と兵士たち (dog soldiers) は追走をブロックする動きにエネルギーを費やす。かれらが風の中に飛び出して走行することによって、かれらの自転車に囲まれたエースは(前方の選手がつくる風よけの中で)負担の少ない走行をすることができる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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