この記事は更新が必要とされています。
この記事には古い情報が掲載されています。編集の際に新しい情報を記事に反映
アシアナ航空 214便NTSBが公開した現場写真(胴体部分)
出来事の概要
日付2013年7月6日
概要CFIT、パイロットエラー
現場 アメリカ合衆国・カリフォルニア州
サンフランシスコ国際空港
乗客数291
乗員数16
負傷者数180(重傷47名)
死者数3
生存者数304
機種ボーイング777-200ER
運用者 アシアナ航空
機体記号HL7742
出発地 仁川国際空港
目的地 サンフランシスコ国際空港
テンプレートを表示
アシアナ航空214便着陸失敗事故(アシアナこうくう214びんちゃくりくしっぱいじこ)は、2013年7月6日に仁川国際空港を離陸し、サンフランシスコ国際空港へ向かっていたアシアナ航空のボーイング777-200ER型機が、サンフランシスコ国際空港への着陸に失敗し、炎上した航空事故である[1]。
事故の原因はパイロットの不適切な操縦であり[2][3]、乗員乗客307人のうち3名の乗客が死亡した[3][4][5]。
航空機2011年7月に撮影された事故機の写真
事故機(HL7742)は2005年2月に初飛行し、2006年3月に引き渡された[6][7]。総飛行時間は36,000時間で離着陸は5,000サイクルこなしていた。また、2013年6月2日に仁川国際空港からサンフランシスコ国際空港に到着した際に、油漏れが見つかって約20時間の整備を受けていた[8]。
この事故はブリティッシュ・エアウェイズ38便事故に次ぐ3例目のボーイング777の全損事故[9]であり、1995年の運行開始以来18年間で、1,000機以上が就航している中で初の死亡事故となった[10]。
概要機体から上がる煙(誘導路上の他機の乗客撮影)当該機の機内(NTSB撮影)サンフランシスコ空港で発生したアシアナ航空214便事故現場の概要事故による火災で焼け焦げたミドルキャビン
2013年7月6日、午後4時35分(KST)に定刻の5分遅れで韓国・仁川国際空港を出発したアシアナ航空214便(ボーイング777-28EER 機体番号:HL7742 製造番号:29171/ライン番号:553)は、サンフランシスコ国際空港に米国現地時間の同日午前11時15分に到着する予定であった。同便は11時28分、着陸に失敗し、通常の着地地点から数百フィート手前の滑走路に尾部が激突した。
このときの衝撃で垂直尾翼および水平尾翼が胴体から破断した。車輪も接地時の衝撃により破壊され散乱した。乗客は天井にぶつかり荷物が落下し負傷者が発生した。胴体着陸となって滑走路を外れ水平にスピンしながら滑って止まった後、煙が立ち込め、10-20分前後で胴体内部が炎上した。乗客は乗員によって、不可解な90秒間の機内への足止めを強いられた。幸いにも火災が広がるまでに時間的余裕があり、脱出用シューターや空いた穴を使って多くの乗客乗員が避難することができたが、当日2名、12日にさらに1名が死亡した[11]。182人が病院に運ばれ、そのうち数十人が重傷を負った[12]。死亡した3名のうち2名はシートベルトをしていなかったために機外に放り出されたために死亡したとされ[3]、もう1人は事故の衝撃で緩んだドアで頭部を強打したために死亡した[3]。事故機の尾翼事故機の着陸装置事故機
この日は天候が良く、風もほとんど吹いていなかった[13]。ただ、操縦桿を握っていた副操縦士はボーイング777型機の飛行時間はまだ43時間で慣熟訓練中であり、訓練教官役となっていた機長も事故の20日前に教官としての資格を取得したばかりで、本便が資格取得後初の訓練教官役としての搭乗だった。また、この滑走路では計器着陸装置の一部の運用が改修のために止められていた。 同機には、乗客291名および乗員16名が搭乗していた。乗客291名中の構成は下表のとおりで、うち乳児1人を含む12歳以下の子どもは31人だった[14]。 乗客と乗組員の国籍分布表[15]国籍乗客数乗組員数合計 最初に滑走路に接触した機体後部には、上海からの乗り継ぎ客である中国人団体客が多く乗っていた[16]。 死者3名は、すべてアメリカでの語学学習などのサマーキャンプに参加するために渡航した中華人民共和国・浙江省衢州市江山中学の16歳の女子学生であった[11][17]。
搭乗者
中国1410141
韓国771491
アメリカ合衆国64064
インド303
カナダ303
タイ022
日本101
ベトナム101
フランス101
合計29116307