アカデミー外国語映画賞日本代表作品の一覧
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黒澤明監督の『羅生門』の劇場ポスター。同作は1951年にアメリカ合衆国で公開された最高の外国語映画とされ、アカデミー名誉賞が贈られた。

本項目は、アカデミー国際長編映画賞[nb 1]へ出品された日本の映画作品の一覧である。アカデミー国際長編映画賞はアメリカ合衆国の映画芸術科学アカデミー(AMPAS)が主催し、アメリカ合衆国以外の国で製作され、主要な会話が英語以外で占められた長編映画を対象としている[3]

従来の名称だった、アカデミー外国語映画賞が設置されたのは1956年のことであるが、1947年から1955年までのあいだAMPASはアメリカ合衆国内で公開された優れた外国語映画に対し、アカデミー名誉賞を贈っていた。その際には他の候補作品と競い、投票されるのではなく、アカデミー理事会により受賞作のみが選出されていた[4]。名誉賞を受賞した日本の映画作品は3本存在する。1956年のアカデミー賞より、正式に外国語映画賞が設置され、以後毎年行われている[5]

2022年までに14本の日本映画がノミネートに至り、『おくりびと』と『ドライブ・マイ・カー』が受賞を果たした[6][7]。複数回ノミネートに至った監督は黒澤明中村登である。黒澤は『羅生門』で名誉賞を受賞し、『デルス・ウザーラ』(ソ連代表)で外国語映画賞を受賞し、さらに他4作品が代表となり内2本がノミネートに至った[8][9]。中村は『古都』と『智恵子抄』が代表作となり、その両方がノミネートに至った[10]。日本のノミネート本数は世界5位の記録であり、スウェーデン(14本)より少なく、ソ連(9本)より多い[11]
代表作

毎年、各国はアカデミー外国語映画賞のためにその年で最高の映画をAMPASに出品する。外国語映画賞委員会はプロセスを監視し、すべての応募作品を評価する。その後、委員会は5つのノミネート作品を決定するために秘密投票を行う[3]。外国語映画賞が設置される以前は、アメリカ合衆国で公開された外国語映画に投票されており、各国が代表作を出品するという形式ではなかった[4]。以下は、出品された映画作品の一覧である。

すべての日本代表作品では日本語が使われている。


(授賞式)日本語題出品時の英題監督結果
1951
(第24回)羅生門Rashomon黒澤明名誉賞受賞
1954
(第27回)地獄門Gate of Hell衣笠貞之助名誉賞受賞
1955
(第28回)宮本武蔵Samurai, The Legend of Musashi稲垣浩名誉賞受賞
1956
(第29回)ビルマの竪琴Harp of Burma市川崑nom ノミネート
1957
(第30回)あらくれAruse成瀬巳喜男落選
1958
(第31回)楢山節考The Ballad of Narayama木下惠介落選
1959
(第32回)野火Fires on the Plain市川崑落選
1960
(第33回)秋日和Late Autumn小津安二郎落選


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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