アイルランド憲法
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アイルランド憲法(アイルランドけんぽう、アイルランド語: Bunreacht na hEireann、英語: Constitution of Ireland)は、アイルランドという国家の基本をうたう法律。1937年7月1日に国民投票で採択され、同年12月29日に施行された。この憲法は独立アイルランドの2つ目の憲法として、アイルランド自由国憲法(英語版)に替わるものである[1]

アイルランド憲法は概して自由民主主義の性格を持つものである。この憲法によって間接民主制に基づく独立国家が築かれ、また基本的な権利、大統領の選出、権限の分立、司法による判断がそれぞれ保障されることが定められた。アイルランド憲法の改正は国民投票によってのみなされる[2]
背景エイモン・デ・ヴァレラ

アイルランド憲法は、1922年12月6日にグレートブリテンおよびアイルランド連合王国より独立したアイルランド自由国が成立してから効力を持っていたアイルランド自由国憲法に替わるものである。旧憲法が替えられた動機にはおもに2つのものがある。まず旧憲法はアイルランドの多くの人にとって、批准に激論が起こった英愛条約を思い起こさせるものであった。もともと条約反対派はアイルランド自由国という新国家への参加を拒否していたが、1932年になると条約反対のフィアナ・フォイルが政権についた。英愛条約で自由国憲法に盛り込まれることが求められた条文の多くは、憲法的土着性と呼ばれる法のナショナリズムという理念によってことごとく廃止された。例を挙げると、枢密院イギリス王室総督に対する忠誠の誓いに関する規定が除去された。1936年12月にエドワード8世突然退位したことは王政との関係を見直すことに利用された[3]。ところがエイモン・デ・ヴァレラを首班とするフィアナ・フォイル政権は旧憲法をイギリス政府から押し付けられたものとして見ており、なおも新たな、まったくのアイルランドのものとしての憲法制定を望んでいた。

新憲法制定の2つ目の動機は、自由国憲法がたびたび、その場限りといっていいほどの修正を繰り返してきたということにある。1922年以後、自由国政府は議会の採決で憲法改正を行なうことができるとする憲法の規定を濫用した。ときには議会で定めた通常の法令に、その法令が憲法にそぐわないものであれば、その法令によって憲法が改正されたものと解釈するというような包括的な規定が含まれていた。このような理由からしても自由国憲法は完全に廃止し、白紙の状態にするべきという考え方が大勢を占めた。
起草

新憲法はもっぱらデ・ヴァレラの功績とされるが、実際にはデ・ヴァレラは作成の監修にあたっただけであった。新憲法はアイルランド語と英語の2言語で起草されており、前者は Risteard O Foghludha の助けを受けた教育省職員の Micheal O Griobhtha が、後者は対外関係省(のちの外務省)司法顧問のジョン・ハーンがそれぞれ担当した。法務長官や行政評議会議長府の高官らと対立していたデ・ヴァレラは当時対外関係相を兼務しており、そこで英語版の起草に対外関係省の司法顧問を起用したのである。

新憲法はまず英語で起草され、それをたんにアイルランド語に翻訳していくものだと考えられていたが、実際には作業にあたった者が双方の文案を交換しながら、両方の言語で同時に起草された。そのため多くの箇所で文章の解釈が異なるということが起きている。両言語版で文章が競合している箇所については、アイルランド語版の解釈を優先することになっている。
施行

投票結果賛否投票数得票率
賛成685,10556.52%
反対526,94543.48%
有効投票数1.212.05090.03%
無効票134,1579.97%
投票総数1,346,207100.00%
投票率75.84%
有権者数1,775,055

新憲法は1937年6月14日に、当時一院制議会だったドイル・エアランで採択され、同年7月1日に総選挙と同時に実施された国民投票で承認された。これを受けて同年12月29日にアイルランド憲法は施行された。このときフィナ・ゲール労働党といった統一主義、コモンウェルス体制支持派や男女同権主義を掲げた主要野党の支持者は新憲法に反対したのに対して、フィアナ・フォイル支持者や共和派が新憲法の施行を支えた。
旧憲法との連続性

新憲法が採択されたさいに、その施行が自由国憲法に照らして合法的な改正であるか、あるいは違憲であるのかということがはっきりされなかった。新憲法の施行が自由国憲法に違反するものであるとすれば、新憲法施行は平和的革命と考えられることになる。デ・ヴァレラ政権は、国民主権の原理により国民投票で国民が承認すれば、新憲法が旧憲法の規定に沿って採択されるということはかならずしも必要ではないと主張した。それでもなお新憲法に対する合法性の審査を回避するために、上訴審判事には新憲法が施行された時点で新憲法を支持するという公式な声明を発表することが求められた。
おもな規定

アイルランド憲法正文は前文と16の見出しにまとめられた50か条の条文で構成されており、全体でおよそ16,000語からなる。見出しは次のとおり。

アイルランド語英語条文番号日本語試訳
1An NaisiunThe Nation1-3国民
2An StatThe State4-11国家
3An tUachtaranThe President12-14
大統領
4An Pharlaimint NaisiuntaThe National Parliament15-27議会
5An RialtasThe Government28政府
6Caidreamh IdirnaisiuntaInternational Relations29国際関係
7An tArd-AighneThe Attorney General30法務長官
8An Chomhairle StaitThe Council of State31-32国家評議会
9An tArd-Reachtaire Cuntas agus CisteThe Comptroller and Auditor General33会計検査官
10Na CuirteannaThe Courts34-37裁判所
11Triail I gCiontaTrial Of Offences38-39刑事審理
12BuncheartaFundamental Rights40-44基本権
13Buntreoracha Do Bheartas ChomhdhaonnachDirective Principles of Social Policy45社会政策の指針原則
14An Bunreacht a LeasuAmendment of the Constitution46憲法改正
15An ReifreannThe Referendum47国民投票
16Bunreacht Shaorstat Eireann a Aisghairm agus Dlithe a BhuanuRepeal of Constitution of Saorstat Eireann and Continuance of Laws48-50アイルランド自由国憲法の廃止と法の連続性

アイルランド憲法には上記に加えて、1941年以降はその定めにより正文から省略されている経過規定が含まれている。法的にはこれらの暫定規定は有効であるが、現在ではそのほとんどの機能が果たされている。
前文(全文・日本語試訳)

すべての権威の原初であり、またわれわれの究極の目的である、人類と諸国家の行動の帰結である至聖の神の名において、
われわれエーレ国民は、
数世紀にわたる試練を通じてわれらの祖先を励まし給うたわれわれの主イエス・キリストに対するわれわれの義務を謙虚に受け入れ、
われわれの国民の正当な独立を奪還するためのわれわれの祖先の英雄的で、かつ、絶え間ない闘争を感謝の念とともに思い起こし、
また個人の尊厳と自由が確保され、社会の秩序が維持され、われわれの祖国の統一が回復され、他国との間で協調が構築されるように、思慮、正義、寛容のしかるべき実現をもって公共の利益の促進を希求して、
ここにこの憲法を採択、施行し、われわれ自身に付与する。
国民と国家

国民主権 - 憲法はアイルランド国民の権利に
民族自決を定めている(第1条)。国家には主権と独立があることを定めている(第5条)。

統一アイルランド - 聖金曜日協定を受けて改められた第2条は、アイルランド島に生まれたすべての人は「アイルランド国家の一部」である権利を有すると定めている(ただし第9条で、両親の少なくとも一方がアイルランド人である人に限定している)。第3条は北アイルランド人民との賛同を得て、統一アイルランドを平和的に樹立するというアイルランド国民の意思をうたっている。

国号 - 憲法では国号を Eire、英語で Ireland と定めている(第4条)。1948年アイルランド共和国法では Republic of Ireland を正式な「表現」としているが、「国号」とはしていない。

国旗 - 国旗は緑、白、オレンジ色の三色旗と定めている(第7条)。

首都 - ウラクタスの各院は通常、ダブリン市内またはその近郊で会議を開かれなければならず(第15条)、また大統領官邸はダブリン市内またはその近郊に置かれなければならない(第12条)。

国民主権 - 統治にかかわるすべての権限は「神のもとに国民に由来するものである」とうたわれている(第6条)。

国語・公用語

アイルランド憲法第8条では以下のようにうたっている(以下、日本語試訳)。

第8条第1項 アイルランド語を国語として第1公用語とする。
第8条第2項 英語は第2公用語として認める。
第8条第3項 ただし、1またはそれ以上の公の目的のために、国家全体またはその一部において、前2項の言語のいずれかを単独で用いることを法律によって定めることができる。

ただし、これまでに第8条第3項による法令が定められたことはない[4]

憲法のアイルランド語版は英語版に対して優先される(第25条、第63条)。しかしながら第2次改正ではアイルランド語版のほうが英語版に近づけるような形に変えられている。憲法では英語版でも多くのアイルランド語の表現を含んでいる。自由国憲法では OireachtasDail EireannSeanad Eireann というアイルランド古語が先に出ていたが、この憲法では政府の長およびその副官を示す Taoiseach と Tanaiste が最初に用いられている。
統治機構詳細は「アイルランドの政治」を参照

アイルランド憲法では議院内閣制による統治体制を定めている。この体制のもと、直接選挙で選出され、ほとんどが儀礼的な役割である大統領(第12条)、ティーショックと呼ばれる政府の長(第28条)、ウラクタスと呼ばれる議会(第15条)が規定されている。ウラクタスは直接選挙され、上院に対して優越的地位を持つ下院のドイル・エアラン(第16条)と上院のシャナズ・エアラン(第18条)で構成され、シャナズは一部が任命制、残りが間接選挙で選出されている。また最高裁判所を頂点とする独立した司法機構が規定されている(第34条)。


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