らんまん
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「らんまん」の語義については、ウィクショナリーの「爛漫」の項目をご覧ください。
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らんまん
牧野富太郎胸像とスエコザサ
牧野記念庭園内)
ジャンルテレビドラマ
長田育恵
演出渡邊良雄
津田温子
深川貴志
出演者神木隆之介
浜辺美波
志尊淳
佐久間由衣
笠松将
中村里帆
中村蒼
成海璃子
宮野真守
三山ひろし
いとうせいこう
安藤玉恵
宮澤エマ
要潤
池田鉄洋
ディーン・フジオカ
大東駿介
小野大輔
濱田龍臣
本田望結
皆川猿時
鶴田真由
田辺誠一
宇崎竜童
田中哲司
今野浩喜
島崎和歌子
橋本さとし
小倉久寛
六平直政
牧瀬里穂
榎木孝明
奥田瑛二
寺脇康文
中川大志
ムロツヨシ
広末涼子
松坂慶子
ナレーター宮アあおい
音楽阿部海太郎
オープニングあいみょん愛の花
時代設定1867年慶応3年) - 1958年昭和33年)
製作
制作統括松川博敬
プロデューサー板垣麻衣子
浅沼利信
藤原敬久
製作NHK

放送
音声形式解説放送
放送国・地域 日本
公式サイト

本放送
放送期間2023年4月3日 - 9月29日
放送時間月曜日 - 金曜日
8:00 - 8:15(総合
7:30 - 7:45(BSプレミアムBS4K
放送枠連続テレビ小説
放送分15分
回数130[1]

再放送
放送時間月曜日 - 金曜日
12:45 - 13:00(総合)
土曜日 9:25 - 10:40(1週間5回分、BSプレミアム・BS4K)
放送枠連続テレビ小説#再放送
放送分15分
回数130

番組年表
前作舞いあがれ!
次作ブギウギ
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『らんまん』は、2023年度前期放送のNHK連続テレビ小説」第108作である[2]2023年4月3日から9月29日まで放送された。日本の植物学者・牧野富太郎をモデルとし、長田育恵作、神木隆之介の主演でフィクションのドラマオリジナル作品として制作される[2]
制作主人公のモデル・牧野富太郎
出典:牧野植物学全集第1巻(1934年)

2022年令和4年)2月2日に脚本が長田、主演には神木が起用されることがNHKの制作会見で発表された[2][3]。なお、神木の朝ドラ出演は2007年平成19年)度前期の『どんど晴れ』以来で2度目[4]で、男性が主演を演じるのは2020年(令和2年)度前期の『エール』の窪田正孝以来3年ぶり・12作目に当たる[4]

牧野富太郎は高知県高岡郡佐川町出身の植物学者で、高知県が舞台になるのは1988年(昭和63年)度前期の『ノンちゃんの夢』以来となる[5]。また、朝ドラで実在する人物をモデルにした作品は2020年度後期の『おちょやん』以来5作ぶりとなった[6]

タイトルは春爛漫および天真爛漫からの「らんまん」で、「主人公が笑顔で明るく天真らんまんに突き進んでいくさま」をイメージしている[2]

5月10日、妻・寿恵子(すえこ)役を浜辺美波が演じることが発表され[7]、8月26日には「高知編」に出演するキャスト8名が発表された[8][9]

10月19日に安芸市でのドラマの冒頭シーンの撮影でクランクインし[10]、21日に高知県内で「高知ロケクランクイン報告」の会見が行われた[10]

「語り」は、2006年(平成18年)度前期『純情きらり』でヒロインを務めた宮アあおいが務めることが10月21日に発表された[11][12][13]。宮アは、最終週に藤平紀子役で登場し、藤平紀子の視点で万太郎の生涯を語っていたことが明かされた[14]

主題歌は、あいみょんが担当することが11月15日に発表され[15][16]、タイトルは「愛の花」であることが2023年(令和5年)1月17日に発表された[1][17]

放送開始日が2023年(令和5年)4月3日、全26週(130回)放送であることや音楽を作曲家の阿部海太郎が担当することが1月17日に発表され[1]、1月20日に、メインビジュアルが公開、新たなキャスト11人が発表され、公式ホームページと公式SNSアカウント(TwitterInstagram)が公開された[18][19][20][21]

3月7日、新たなキャスト8人が発表された[22][23]

9月13日、次作『ブギウギ』へのバトンタッチセレモニーが4年ぶりに公開形式で行われ、主演の神木とヒロインの浜辺が参加した。また、この日までに撮影は終了していたがNHKからの発表はなく、神木がクランクアップの報告をした[24]

2024年(令和6年)1月15日、公式SNSが終了し、アカウントが2024年度前期放送の『虎に翼』へ引き継がれた[25]

1月31日、公式ホームページが公開終了となり、簡易仕様のサイトとなった。(2024年2月1日時点、サイト自体は閲覧可能)

本作品はオープニングタイトルのサブ表示(アバンタイトルがない日も含む)が「連続テレビ小説」から「NHK DRAMA」に変更された[注釈 1]ほか、衛星波(BSプレミアムBS4K)での土曜日の1週間分まとめ再放送(今週の連続テレビ小説)の放送時間が9時25分 - 10時40分と20分繰り上げられた[26]
ロケ地
高知県高岡郡佐川町[27]

高知県高岡郡越知町[28][29]

高知県安芸市[30]

東京都文京区[31]

ロケ地ギャラリー

安芸市・伊尾木洞[30]

越知町・仁淀川[28]

越知町・横倉山[29]

文京区・小石川植物園[31]

あらすじ

総集編の前編・後編に準ずる。
前編・高知編

1867年(慶応3年)、土佐の佐川村。造り酒屋「峰屋」に生まれた5歳の槙野万太郎は病弱だが植物が何より好きな少年。1871年(明治4年)6月、9歳になった万太郎は学問所「名教館(めいこうかん)」に入門する。そこで学頭の池田蘭光から「本草綱目」を教えられたのをきっかけに勉強に励み、植物画を模写する。1874年(明治7年)春、万太郎12歳の時、名教館は閉鎖され小学校に変わるが、退屈な授業はそっちのけで博物画を模写していた万太郎は退学になり、独学で植物の勉強を続ける。

1881年(明治14年)、万太郎は内国勧業博覧会に「峰屋」の酒を出品するため竹雄と上京する。その会場では、和菓子屋の娘西村寿恵子に一目ぼれする。一番の目的であった博物館に行き野田基善と里中芳生に会って植物学について話を聞き、「植物分類学」の世界を知るが、竹雄に諫められ、高知に帰った万太郎は峰屋の若旦那として一時は植物学をあきらめる。しかし、自由民権運動家の早川逸馬や、アメリカを知る中濱万次郎と出会い、植物学の道に進むことを決意。祖母タキの理解を得て、峰屋を姉の綾にまかせ、竹雄と東京に旅立つ。
前編・東京編

万太郎と竹雄は上京する。住まいは広瀬佑一郎から紹介されていたものの大量の植物標本を理由に断られ下宿探しは難儀するが、根津の十徳長屋に落ち着く。寿恵子とも偶然再会。教授の田邊彰久のはからいで万太郎は東京大学植物学教室への出入りも許され、学生の波多野泰久、藤丸次郎と打ち解ける。万太郎は新種を発表する植物学雑誌を作ることを志し、田邊から東京大学植物学雑誌として刊行することで許可を得て「大畑印刷所」を訪ねる。自分で描いた植物画を印刷するために石版印刷の技術を習得した万太郎は、ついに植物学雑誌が完成する。そして、大畑夫妻に寿恵子との仲人を依頼する。実業家の高藤雅修から妾に望まれていた寿恵子は万太郎のもとに飛び込む。万太郎は、寿恵子と竹雄とともに帰郷し、大畑夫妻の仲人で寿恵子と祝言を挙げ、「峰屋」は綾と竹雄に託すことになる。
後編

タキの法要を済ませて東京に戻った万太郎と寿恵子は、十徳長屋で新婚生活を始める。新婚祝いをするからと田邊の家に招かれた万太郎だったが、田邊から自身専属のプラントハンターになるよう要求される。それをきっぱり断り、自分で見つけた植物を自分で発表するために図鑑自費出版することを決心する。そのために寿恵子も、必要だが高額な石版印刷機を購入することを提案する。

土佐で見つけてきた新しい標本が新種であることを大窪昭三郎とともに突き止めた万太郎は「ヤマトグサ」と命名して植物学雑誌に大窪と共同で論文を発表し、日本植物志図譜第1集も完成した。図譜第2集も刊行し、身重の寿恵子を残して植物採集とタキの墓参りに出かける。そしてもうじきお月見というころ、園子が誕生する。土佐では園子誕生の手紙を受け取った綾と竹雄が、新しい酒を作ろうと話し合っていた。

それから8か月ほど過ぎて図譜第3集に取りかかっていたころ、偶然、池で水草ムジナモ」を見つける。田邊から発見報告の論文と植物画を書くように指示され植物学雑誌を完成させたが、共著にしなかったことが田邊の怒りを買い、大学を出入り禁止になってしまう。万策尽きた万太郎はロシア行きを決心しマキシモヴィッチ博士を頼ろうと手紙を出す。そんな時、園子が麻疹に罹り、熱が出てわずか3日後に死去してしまう。そのころ「峰屋」では腐造が起きてしまい、綾と竹雄は廃業を決めるのだった。6月、第2子・千歳が生まれた万太郎の元に届いたのはマキシモヴィッチ博士死去の知らせだった。独りでも研究を続けることを決めた万太郎は大学に寄贈する植物標本「槙野コレクション」の完成に取り掛かる。土佐からは、綾と竹雄が廃業の報告のため万太郎の元を訪れる。

高知に植物採集に出かけた万太郎は山元虎鉄の案内で「ヤッコソウ」を発見、山元に植物命名報告の手紙を出したことがきっかけとなり高知の教師たちから続々と植物標本が届く。


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