ぴったしカン・カン
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2003年から2021年まで放送されたリメイク版については「ぴったんこカン・カン」をご覧ください。

ぴったし カン・カン
ジャンルクイズ番組
企画秋房子
構成大岩賞介(パジャマ党)/ 高橋秀樹ほか
演出増井昭太郎
加藤嘉一
岩原貞雄
杉山広司
島津剛史
関谷浩至
熊谷信也
出演者久米宏(初代司会)
小島一慶(2代目司会)
吉田照美(3代目司会)
萩本欽一
坂上二郎
ほか
テーマ曲作者ボブ佐久間(久米司会・モノラル時代)→ボブ佐久間・土持城夫(久米司会・ステレオ時代)→安川ひろし(小島時代)→不明(吉田時代)
製作
プロデューサー西村邦房
長谷部務
制作TBS

放送
音声形式モノラル→ステレオ(1980年4月8日より[1])
放送国・地域 日本

30分番組時代
放送期間1975年10月7日 - 1984年9月25日
放送時間火曜 19:30 - 20:00
放送分30分
回数469

38分番組時代
放送期間1984年10月9日 - 1986年3月25日
放送時間火曜 19:20 - 19:58
放送分38分
回数77

番組年表
次作ぴったんこカン・カン
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『ぴったし カン・カン』は、1975年10月7日から1986年3月25日までTBS系列局で放送されていたTBS製作のクイズ番組である。
概要

タレントだけでなく一般人も出場していた視聴者参加型番組。殆どの期間においては久米宏が司会を、コント55号萩本欽一坂上二郎がチームキャプテンを務めていた[2]

クイズ番組ならではのスリルを味わうような肩肘張った内容ではなく、大喜利的な要素を持つトーク重視の内容だった。久米は、この番組での軽妙洒脱な司会ぶりで全国的な人気を得た。

ほにゃらら」という言葉は、久米が問題を読む際「このとき思わずほにゃららと叫んでしまいました。なんと叫んだのでしょうか?」というように出題時の正解部分に使い、広く使われるようになった。「ほにゃぺけ」という言い方もあった[3]。この造語が出来たのは久米本人の話によると、かつてラジオパーソナリティをしていた頃にハガキの投稿者が匿名希望の時に、その投稿者にも自分のことだとわかるように(例えば「久米宏」だったら「ふめほろし」のように)「ほにゃらへにゃら」などということを言ったのが始まりだった[4]

またこの番組は、日本のクイズ番組史上初のVTR問題を出した番組でもある。フジテレビの『なるほど!ザ・ワールド』も同様のスタイルを取っていたが、本番組はそれよりも6年早く始められている。

企画の発端はテレビ局のスタッフや作家などを集めて行われた萩本宅での新年会で、古くからある古今東西ゲーム(山手線ゲーム)をヒントにして発案された。これは、司会役が「古今東西、花の名前!」とお題を出せば対戦者同士が花の名前を競って口にし、途中で一度出た花の名前を言ってしまったり途切れたりすれば負けとなるゲームで、このゲームが持つスピード感をクイズ番組に活かせないものかと提案された。よって企画クレジットには、萩本が各企画・主演番組で用いていたペンネーム「秋房子」(あき・ふさし)が挙がっている。番組開始前の萩本は、自身と坂上それぞれの個人活動が増えてコント55号としての活動に限界を感じていた頃であり、またコント以外の新しい番組を模索しはじめていた頃でもあった。当時『55号決定版!』の担当者で、先述の新年会に招かれていたTBSのプロデューサーは奔走し、長年「55号枠」として定着していた火曜19:30枠を使っての番組スタートにこぎつけた。番組タイトルは、「クイズに正解(=ぴったし)したときになる鐘(=カン・カン)」に因んで付けられた。

番組制作は2週分をまとめて行うスタイルで、まず1本目を生放送した後、撮って出しの形で翌週放送分を収録していた[4]。萩本は、当時本番組の生放送・収録直前の時間まで自身企画・主演の『欽ちゃんのどこまでやるの!』(テレビ朝日)の収録に参加しており、同番組の収録が延びて本番組の生放送に遅刻寸前という事態がしばしばあったという。また、この生放送中で一度機械が壊れてコマーシャルが流れず、萩本と坂上が急遽生でスポンサーを連呼し始め、最後には出演者全員が輪になって踊るという、生コマーシャルを演出した事があった[4]

番組は、直前の時間帯に放送されていた『ザ・チャンス!』(1979年放送開始)ともども高視聴率をマークしていた。最高視聴率は1979年11月20日放送分での37.6% (ビデオリサーチ・関東地区調べ)[5]。当初はトクホン本舗(鈴木日本堂=現・トクホン)の一社提供で放送されていたが、中期以降はトクホンと後述の日立の2社提供となり、それ以降は複数社提供となった。

尚、前述の2社提供時代に、スポンサーの日立が音声多重テレビを製造・販売していることもあり、1980年4月8日の放送からはステレオ放送となり[1]、これに伴って、番組内の音楽もステレオで再録音された。

なお、「ぴったしカン・カン」の語句を当番組のスポンサーだった日立製作所が商標登録していたが(第4668289号)、2013年に期限満了により商標権は消滅した[6]
ルール

解答者は、坂上がキャプテンとなって3人の芸能人と組む「ぴったしチーム」と、萩本がキャプテンとなって3人の一般人と組む「カン・カンチーム」とに分かれる。先攻後攻はじゃんけんで決める。

久米は問題とヒントを出し、解答者たちは久米によるベルの「チン」の音を合図にして順番に答えていく。まず先攻チームのキャプテンから席の順に1人ずつ解答、一巡すると相手チームに解答権が移り、久米が再度ベルを「チン」と鳴らす。後攻チームもキャプテンから順に1人ずつ解答、これを繰り返す。久米は、正解が出そうになると「惜しいー!」「○○じゃなーい!」、逆になかなか正解に近づかない場合は「○○から離れて!」などと悲鳴のような声を上げ、雰囲気を盛り上げた[4]

正解が出ると久米が「ぴったしカン・カーン!」とコールし、チューブラーベルを連打するSEが流れる。このとき、カメラマンの操作により、正解者の「ズームアップ」と「ズームダウン」(広角)を高速で繰り返す映像効果(谷啓の持ちネタ「ガチョーン」で使われるカメラ効果と同じもの)が加えられ、その手法が一世を風靡した。一定時間内に正解が出ないと久米がブザーを鳴らし、正解無しで解答が終了する。

正解時の得点は通常は10点だが、最初の1人目で正解が出ると倍の20点を貰える。最終問題では得点が30点になり、これも1人目で正解すると倍の60点を貰える。

勝利チームには、ゲストから「カン・カンチーム」に合った賞品がプレゼントされる。しかし「ぴったしチーム」が勝っても、キャプテンの坂上が「これは皆様に差し上げます!」と言って「カン・カンチーム」にプレゼントしてしまうのがお約束だった。要するに「カン・カンチーム」は勝っても負けても賞品がプレゼントされるというサービス精神旺盛なものである。さらに「カン・カンチーム」にはカメラなどの参加賞もプレゼントされる。

コーナーはフィルム問題、ゲストが登場する「1枚の写真」コーナー(久米が「お待たせ致しました、ぴったしカン・カン恒例(番組初期は吉例)、1枚の写真!」とコール)で、その後はゲストにちなんだ問題で構成される。最後に総合得点を発表し、ゲストが中央に移動して、歌コーナーとなる(ここでは新曲だが、登場時にもそれ以前に発表している持ち歌を歌う場合があった)。そのままエンディングとなり、勝ったチームに賞品が贈られて番組が終わる。

「1枚の写真」までは1 - 2問程度モニターテレビからの出題(フィルム問題)が行われ、フィルムが止まったところで久米が問題を出してスタートする。この場合には、正解の字幕スーパーは出てこなかった(久米が「皆さんもご一緒にお考え下さい」と言う。ただし、「一枚の写真」を除き観客には正解を教える。そのため、面白い正解が出ると観客から大爆笑が起こる。さらに正解に近い答えが出ると、観客から拍手が湧く)。他に品物を使った問題が出されたこともあった(例:「このおもちゃの建屋の中には、どんな車が入っているのでしょう?」/正解は「石焼き芋の屋台をドッキングした車」。解答終了後、改めてラーメン屋台をドッキングした車も合わせて紹介された)。一方、「1枚の写真」以降のゲストにちなんだ問題では、正解の字幕スーパーが表示された。
番組のスタイル

坂上の「キュー!」 (Cue) の掛け声と久米のタイトルコールで番組はスタート。久米は「ぴっ……たしカン・カン!」と、タイトルコールに多少の「ため」を入れるのが恒例であった[注 1][注 2]。その後、オープニングBGMに合わせ、久米と解答者全体(ここで番組のタイトルロゴ表示)、会場観覧者 → ぴったしチーム → カン・カンチーム → 久米のアップの順に映像が切り替わり、久米が挨拶をした。

久米の挨拶の後、ぴったしチームの自己紹介、カン・カンチームの自己紹介がある。自己紹介の際は、ちょっとしたコメント(各者共通のキーワードを含めている)を申し述べてから自分の名前を言うのが決まりであり、ぴったしチーム4枠目の藤村俊二はここのコメントで必ずスタジオの笑いを誘うのがお約束だった。カン・カンチームは、まず一人一人が自己紹介した後、萩本の「では、チームの名前は?」の声とともに3人がアクション付きでチーム名を紹介していた。

司会席後方には2枚パネルがあり、番組を始める時は両方閉じた状態→フィルム(ビデオ)問題の時は左側のパネルを開け(ゲストの歌コーナーをVTRで披露する場合も再度開けていた)、「1枚の写真」に入ると左のパネルを閉じる代わりに右に掲げられたゲストの思い出の写真が開く。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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