ばらの騎士
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この項目では、リヒャルト・シュトラウス作曲のオペラについて説明しています。その他の項目については「薔薇の騎士 (曖昧さ回避)」をご覧ください。
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『ばらの騎士』(薔薇の騎士、ドイツ語: Der Rosenkavalier)作品59は、リヒャルト・シュトラウスの作曲したオペラ。この作品はワーグナーの後期のオペラに比肩する長大な作品規模と大掛かりな管弦楽ゆえにしばしば楽劇と呼ばれるが、これはシュトラウス自身の命名ではない。出版時のタイトルは Komodie fur Musik in drei Aufzugen:Der Rosenkavalier(3幕の音楽のための劇『ばらの騎士』)とあるに過ぎない。台本はフーゴ・フォン・ホーフマンスタールによる(日本語訳は下記を参照)。ばらの騎士を指揮するエルンスト・フォン・シューフロベルト・シュテルル(画)
概要

シュトラウスは、ホーフマンスタールと既に『エレクトラ』で共作していたが、それは既に上演された舞台戯曲にシュトラウスが曲をつけただけであった。それゆえこの『ばらの騎士』こそがシュトラウスとホーフマンスタールの2人の大家による長年の実り豊かな作品の実質的に最初の共同作業となった。作曲は1909年初めから1910年にかけて行われた。当初ホーフマンスタールの発案で男装の女性歌手を起用した軽い喜劇的な作品として計画されたが、2人の夥しい数の往復書簡(下記の日本語訳文献に詳しい)を中心とした議論の末、最終的に現在の形としてまとめられた。

タイトルの「ばらの騎士」とは、ウィーンの貴族が婚約の申込みの儀式に際して立てる使者のことで、婚約の印として銀のばらの花を届けることから、このように呼ばれる。物語当時の貴族の間で行われている慣習という設定であるが、実際にはホーフマンスタールの創作である(「このオペラでは一見本物に見えるものが実は虚構なのです」とホーフマンスタールは言っている)。

音楽内容的には、「モーツァルト・オペラ」を目指したものである。物語の舞台はマリア・テレジア治世下のウィーンに置かれ、ロココの香りを漂わせつつ、遊戯と真実を対比させた作品として仕上げられた。プロットが『フィガロの結婚』と似ているのはこのためである。物語に即して『サロメ』、や『エレクトラ』(部分的には無調ですらあった)の激しいオーケストレーションや前衛的な和声はすっかり影を潜め、概して親しみやすい平明な作風で書かれている。声楽パートも「吼える二匹のケモノのような」(とホーフマンスタールが揶揄した)ワーグナーのドラマティックなものから、モーツァルト的な、リリックな歌唱スタイルになっている。

カット無しの演奏時間は、約3時間20分(第1幕75分、第2幕60分、第3幕65分)。このオペラは筋立ては貴族達の恋愛がテーマのコメディ作品でありながら、全3幕からなる非常に大規模で演奏困難なオペラである。第1幕・第2幕はウィーンの貴族の屋敷内に、第3幕は居酒屋・宿屋に設定されている。作品の主要な人物4名のうち3名が第1幕で登場し、残る1名が第2幕で登場、第3幕では最後に全員が揃い、物語の完結を迎える。バレエは当初挿入される予定であったが外され、合唱も大きな役割は持たない。主要な4人に次ぐ役が3、4人おり(ただし比重は4人に比べて格段に低い)、ソロ又は重唱で歌う役は名の無い役も含め28人を数える。そのほかに黙役のオックス男爵の庶子等も必要である。1幕に登場するテノール歌手はイタリアオペラのパロディを狙った端役ではあるが、曲自体はかなり美しいこともあって特別にスター歌手を特別出演させ舞台に華を添える事もある[1]

このオペラは長大で難しいため、上演のみならず録音でもしばしば慣習的にカットが行われている。これはシュトラウス自身が認めていたものである。なお、ほとんどが重唱曲でアリアは一切なく、テノールは小悪党ヴァルツァッキ以外には第1幕でかなり揶揄的な扱いで登場するのみであるなど、シュトラウスのイタリアオペラ嫌いがかなり反映されている。また、2人の小悪党がイタリア人として設定され、オクタヴィアンもロフラーノという姓からイタリア系貴族であることが暗示されており、オックスが怒りのあまりイタリア人差別的な言葉をわめき散らした後、2人がオクタヴィアン側に寝返る伏線となっている(基本的には金で転んだのだが)。これらは、ハプスブルク帝国が中東欧や北イタリアへ支配を広げた結果、イタリアをふくむ非ドイツ系貴族の一部がドイツ風の名乗りでオーストリア宮廷に仕えていた当時の状況を反映している。なお、シュトラウスのイタリアオペラ批判は、後年、自ら台本にも加わった最後のオペラ『カプリッチョ』で、より徹底的な形で(擁護的な立場も取り入れる一方、揶揄の描写としては遥かに痛烈に)繰り返されることになる。
初演と評価

初演は入念なリハーサルの後1911年1月26日ドレスデン宮廷歌劇場で、エルンスト・フォン・シューフの指揮、ゲオルク・トラーとマックス・ラインハルトの演出により上演され、未曾有ともいえる大成功を収めた。すでに作曲家としての地位を確立していたシュトラウスの新作に対する世間の期待は高く、ウィーンからドレスデンまでの観劇客用特別列車が運行されたほどである。引き続き50回におよぶ再演が続けられたほか、ベルリン宮廷歌劇場プラハ歌劇場バイエルン宮廷歌劇場ミラノスカラ座など主要な歌劇場でも立て続けに上演され、いずれも好評をもって迎えられた[2]

それまでのシュトラウスの前衛的な作風に好意を示していた批評家や作曲家たちからは、本作は「時代遅れ」で「大衆迎合的」だと批判されたが、聴衆の支持は絶大で、今日ではシュトラウスの代表作と見なされているばかりか、ドイツ圏の主要歌劇場や音楽祭において最も重要なレパートリーの一つに数えられる。大作であり歌手への要求項目も多いため、水準の高い上演は容易ではないが、各歌劇場がこぞって意欲的に取り組むこともあり、録音や録画でもロングセラーに耐えるような演奏が数多く残されている。ドイツ圏外でも人気は高く、比較的小規模上演の可能なモーツァルト作品や『こうもり』などに伍して最もよく上演されるドイツオペラのひとつである。アリアこそないが、後期ロマン派以降のドイツオペラとしては美しい旋律が豊富に用いられており、抜粋構成したワルツや第三幕三重唱が単独で取り上げられる機会も多い。ドイツの雑誌キネマトグラフ(ドイツ語版)(1926年)の表紙

有名な上演としては、第二次世界大戦中の爆撃で破壊されたウィーン国立歌劇場の再建記念公演(1955年ハンス・クナッパーツブッシュ指揮)や、ウィーン国立歌劇場の来日公演(1994年カルロス・クライバー指揮)などが挙げられる。
日本初演松竹少女歌劇団「ローゼン・カヴァリア」左から、水の江瀧子、熱海芳枝、小倉みね子オリエ津阪江戸川蘭子1934年(昭和9年)

日本初演は、第二次世界大戦後の1956年10月30日日比谷公会堂にて、マンフレート・グルリット指揮、東京フィルハーモニー交響楽団他によって行われた[3]


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