ちぃばす
[Wikipedia|▼Menu]
ちぃばすで使用される日野・ポンチョ田町ルートなどで主に使用される中型車

ちぃばすは、東京都港区公共事業として運行しているコミュニティバスである。正式名称は港区コミュニティバス(みなとくコミュニティバス)。

2004年平成16年)10月1日の開業で、実際の運行は富士急行系列の「フジエクスプレス」に委託されている。2023年現在は合計で8路線が運行され、料金は小学生以上で100円均一である。
概要

「ちぃばす」は、2000年(平成12年)12月12日に全線開通した都営地下鉄大江戸線によって都営バス路線が廃止されたことによる交通過疎地をカバーするなど、地域住民のニーズを満たすことを目的に2004年(平成16年)より田町赤坂の2路線で運行を開始した。その後、2010年(平成22年)に芝・高輪などの5路線を追加して新設(これらは試験運行として開業)し、2012年からは本格運行に移行した[1]。ただし、前述のように地域住民のニーズを満たす目的から赤字となっており、補助金の投入によって運行が維持されている[1]。実際、全路線のうち収支が確保できるのは田町ルートのみで、特に追加開業した5路線についてはいずれも年間経費が約4億円なのに対し、約1億8000万円の年間赤字(2012年度見込み)となっている[1]
名称・車両デザイン

「ちぃばす」との愛称は一般公募の15作品から「小さなバス」をそのまま呼びやすくし、「地域のバス」「地域住民に愛されるバス」という意味合いを込めて選定された。実際の読みは「ちいばす」だが表記上は「ちぃばす」と拗音になっている。また車両のデザインは沿線に所在する芝浦、赤羽、南山、赤坂の各小学校および東洋英和女学院の生徒に依頼したものを採用している。
沿革
運行開始までの経緯

港区では2000年(平成12年)9月に営団地下鉄南北線溜池山王 - 目黒)、同年12月に都営地下鉄大江戸線新宿 - 六本木 - 両国 - 都庁前)がそれぞれ全線開業し、都営バスの4路線が廃止された[2]。なかでも新宿駅田町駅(港区スポーツセンター)を六本木経由で結んでいた「田70」の廃止は、区内に公共交通の存在しない地域が生じることとなるほどの大きな打撃となった。沿線住民からは東京都交通局や港区に路線バスの復活を求める要望が多く寄せられ、港区でも交通局に路線の運行再開を打診したが交通局の方針に変化が無かったことから、港区主導による路線バスの運行を検討することとなった[2]。運行事業者はプロポーザル方式(企画提案方式)によって決定することとし、選考の結果、富士急行系列の「フジエクスプレス」に決定した。ただし、港区では車両の購入費用や宣伝費用を補助するが直接の運行費用については赤字補填を実施せず[3]、フジエクスプレスが赤字を負担することとした[3]
運行開始、路線網拡大ちぃばす運行記念式典
(2004年10月1日)開業当初使用していた日野・リエッセ
(2004年10月6日、現在は全車引退済)

愛称の募集の結果、地域のバスや小さなバスの意味合いを込めた「ちぃばす」に決定し、2004年(平成16年)10月より「田町ルート(田町駅 - 六本木ヒルズ)」「赤坂ルート(六本木ヒルズ - 赤坂見附駅)」の2路線で運行を開始した。免許上は一般路線となり、富士急行グループとしては初めて東京都区内に路線網を持つこととなった。当初は小規模な需要という観点から小型のマイクロバスを使用することとした[2]

しかし、港区やフジエクスプレスが想定していた利用者数は予想をはるかに大きく上回った。初年度の累計利用者数は半年間で30万3000人だったが2005年(平成17年)度には約83万人と増加していき、2008年(平成20年)度には118万人が利用した。利用者からは「いつも混雑している」という不満や「(ちぃばすの)利用者を区民に限定すべき」という意見も生じ[2]、同年には中型車の導入が行われた[2]。一方で路線網に関しても「田町ルート」「赤坂ルート」の沿線以外の住民から路線開設を求める声が運行開始当初から寄せられていた。「港区が運行する路線バスなら、区内の一部の地域に限定せず他の地域でも運行すべき」という理由で[2]2006年(平成18年)からは港区全域の交通政策を考えるべく検討会を発足させ、2007年(平成19年)に実施した区民へのアンケート結果を踏まえて2008年(平成20年)に新規路線の開業にむけて検討することとなった[2]。折しも、2006年(平成18年)からは港区における区役所改革によって区内5つの地区の支所を「総合支所」とすることで区役所の機能を分担する政策を進めており[2]、開業を予定している新規路線についてはこれらの総合支所の担当する地区ごとに交通網を構築する方向性となり[2]、公共交通が不便だったり急坂が多い地区、人口が増加傾向にある芝浦・港南地区のアクセス向上などの対策として、路線を5つ設定して計画が進められた。しかし、従来の2路線は廃止された都営バス路線の代替手段という一面があったのに対し[2]、新設する5路線については沿線住民のアクセス向上が目的である[3]ことから、必ずしも先行の2路線ほどの利用者数が確保できるかについては予測できなかった[3]

このため、開業から2年間はいずれも「実証運行」として収支率が4割以上であれば本格運行に移行し、収支率が目標を下回れば実証運行を1年間延長したうえで対策を検討することとなった[3]2010年(平成22年)3月24日より「芝ルート」「高輪ルート」などの5路線が運行を開始し、これらは運行費用に関しても港区が財政負担を行うこととなった[3]。そのため、車内に設置した案内表示機には区政の案内に留まらず、沿線企業の広告も受け付けることとして、その広告収入で補填額を抑制する方法が採用された[3]

実証運行の結果、収支率の目標が達成されたとして5路線は2012年(平成24年)4月21日から本格運行に移行され、2013年(平成25年)の「麻布ルート」を東西に分割するダイヤ改正を経て、2023年現在は8路線が運行されている。
年表

2004年(平成16年)
10月1日 - 「田町ルート」「赤坂ルート」の2路線で運行開始。

2005年(平成17年)
2月14日 - 田町ルートの初発便を2本増発し、田町駅発六本木ヒルズ行きの始発が30分繰り上がって7:30発となる。10月1日 - 田町ルートの最終便を2本増発し、六本木ヒルズ発田町駅行きの最終が30分繰り下がって21:00発となる。

2006年(平成18年)
2月1日 - この日の利用者数で累計100万人を突破。6月10日 - 田町ルートに(14-2)鳥居坂下を新設。赤坂ルートの(53)六本木駅前から(16)六本木ヒルズへの経路を、(15)六本木けやき坂を経由しない経路へ変更する[4]

2007年(平成19年)
3月18日 - ICカード乗車券「PASMO」を導入。4月1日 - 全便が回送運行していた田町駅 - 芝浦車庫間の営業運転を開始し、田町ルートの路線延長とする[5]

2008年(平成20年)
1月9日 - 利用者数が累計300万人を突破。

2009年(平成21年)
8月4日 - 営業運行中の車両の後部エンジンから出火する事故が発生、負傷者は無し。

2010年(平成22年)
3月24日 - 「芝ルート」「麻布ルート」「青山ルート」「高輪ルート」「芝浦港南ルート」の5路線が実証運行開始[6]

2012年(平成24年)
4月21日 - 芝・麻布・青山・高輪・芝浦港南の5路線が本格運行へ移行[7]

2013年(平成25年)
5月1日 - 麻布ルートを「麻布西ルート」「麻布東ルート」に分割すると共に経路変更を実施[8]

2014年(平成26年)
3月30日 - 環状2号線開通に伴う交通規制のため、芝ルートの(64・81)西新橋三丁目を新虎通り上に移設する迂回運行を開始[9]。4月1日 - 芝ルートの新橋駅方向に(78-2)プラザ神明を新設し、毎時1便を経由するダイヤ改正を実施[9]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:51 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef