たびら平戸口駅
[Wikipedia|▼Menu]

たびら平戸口駅
駅舎(2019年1月)
たびらひらどぐち
Tabira-Hiradoguchi

中田平 (3.1 km) (2.6 km) 西田平

所在地長崎県平戸市田平町山内免.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯33度21分45.78秒 東経129度34分57.84秒 / 北緯33.3627167度 東経129.5827333度 / 33.3627167; 129.5827333座標: 北緯33度21分45.78秒 東経129度34分57.84秒 / 北緯33.3627167度 東経129.5827333度 / 33.3627167; 129.5827333
所属事業者松浦鉄道
所属路線■西九州線
キロ程51.2 km(有田起点)
電報略号ヒラ
駅構造地上駅
ホーム2面3線
乗降人員
-統計年度-236人/日
-2017年-
開業年月日1935年昭和10年)8月6日
備考直営駅
テンプレートを表示

たびら平戸口駅(たびらひらどぐちえき)は、長崎県平戸市田平町山内免にある松浦鉄道西九州線である。
概要

九州最西端及び、鉄道事業法に基づく普通鉄道における日本最西端の駅であり、「本土」を北海道本州四国・九州の四島とした場合には本土最西端の駅である。

2003年沖縄県那覇市沖縄都市モノレール線軌道法準拠路線)が開業したことで、同線那覇空港駅が「日本最西端の駅」を名乗ることとなった。但し、松浦鉄道及び地元平戸市では、現在でも当駅を「(普通鉄軌道方式で、全国の各駅とレールで繋がっているものでは)日本最西端の駅」であるとしており、当駅到着前の車内放送でもそのように案内されている[1]。駅前には地元平戸市出身の作曲家藤浦洸の揮毫による「日本最西端の駅」の碑がそのまま存置されている他、2015年平成27年)には松浦鉄道が当駅の愛称として「日本最西端の駅」を公式に採用するなど、「最西端」の称号は現在も沿線地域活性化のために積極的に活用されている[2]

鉄道が通じていない平戸島の最寄駅であるため、(旧)平戸市では無く北松浦郡田平町(開業当時は南田平村)にありながら「平戸口駅」として開業した。1988年に松浦鉄道が発足すると、田平町中心部にあることから翌1989年に「たびら平戸口駅」に改称された。その後、2005年10月1日に田平町が平戸市ほか2町村と対等合併して(新)平戸市となったため、この駅も平戸市内に含まれることになった[3]
歴史

1935年昭和10年)8月6日鉄道省伊万里線の平戸口駅として開設[4]

1945年(昭和20年)3月1日松浦線に路線名称変更。

1962年(昭和37年):「日本最西端の駅」の記念碑が駅前に建立される。(前年4月昭和天皇巡幸を記念)

1969年(昭和44年)10月29日10月31日:昭和天皇、香淳皇后第24回国民体育大会に合わせて県内を行幸啓。お召し列車の発着[5]

1974年(昭和49年)10月1日貨物取扱廃止[4]

1984年(昭和59年)2月1日荷物扱い廃止[4]

1987年(昭和62年)4月1日国鉄分割民営化に伴い、JR九州松浦線の駅となる[4]

1988年(昭和63年)4月1日:第三セクター松浦鉄道への転換により、同社西九州線の駅となる[4]

1989年平成元年)3月11日:たびら平戸口駅(たびらひらどぐちえき)に改称される[4]

2002年(平成14年)11月18日全国豊かな海づくり大会臨席のため長崎県を訪問した天皇皇后が当駅からお召し列車に乗車。これに先立ち駅設備整備が行われ、構内踏切階段補修や改札ラッチ一部撤去などが行われた。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:29 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef