さいたま市図書館
Saitama Municipal Library
中央図書館が入居する浦和駅前のストリームビル
施設情報
前身浦和市立図書館
大宮町立図書館→大宮市立図書館
与野市図書館
岩槻市立中央図書館
事業主体さいたま市
管理運営さいたま市
所在地各常設図書館を参照
統計・組織情報
蔵書数3,589,562冊(電子書籍含む)[1](2022年度時点)
貸出数9,278,202冊[2](2022年度)
来館者数5,531,598人[3](2022年度)
貸出者数2,491,493人[6](2022年度)
年運営費2,619,881千円(図書館費)[4](2023年度予算)
条例さいたま市図書館条例
職員数214人(2023年4月1日現在)[5]
公式サイトhttps://www.lib.city.saitama.jp/index.html
さいたま市図書館(さいたましとしょかん)は、埼玉県さいたま市が運営する公立図書館。本館である中央図書館は浦和区の浦和駅前にある。市内に25の常設図書館を有し、のべ約358万点の資料を収蔵している。蔵書数は市町村図書館の中では横浜市立図書館、大阪市立図書館に次いで国内第3位である。 図書館法第10条、さいたま市図書館条例に基づき設置、運営されている。2001年のさいたま市発足により、浦和市立図書館・大宮市立図書館・与野市立図書館が統合され、さいたま市図書館として再編された。2005年には岩槻市編入により、岩槻市立図書館も統合された。本館機能は2007年にストリームビル(浦和パルコを併設)内に設置された中央図書館にある。さいたま市図書館は一人当たりの図書館貸出数が政令指定都市の中で最も多い。なお、政令指定都市に限らなければ国内6位であり、同じ埼玉県内でもふじみ野市のほうが多い。 さいたま市図書館は、浦和市・大宮市・与野市が合併してさいたま市が設置された際に、合併前の3市の市立図書館が統合して設立されたものである。その後、岩槻市の編入に伴い、岩槻市立図書館も編入となった。なお、大宮市立図書館の開館は1924年(当時は大宮町立図書館)、与野市・岩槻市の市立図書館の開館は1971年、浦和市立図書館の開館は1974年である。 浦和市立図書館の開館が遅かったのは、大正時代から埼玉県立図書館が浦和市内に所在したからである。1960年に埼玉県立浦和図書館の館舎が新築した際も、浦和市が建築費用の一部を負担した。現在は逆に、埼玉県立浦和図書館が廃止となっている。その理由は老朽化に加え、周辺にさいたま市図書館が4館あることが起因している。廃止反対の声もあったため、代替として県立熊谷図書館の浦和分室が埼玉県立文書館内に設置されている。 歴史をさかのぼれば、1914年の私立浦和簡易図書館の開館にまで行きつく。1924年には、浦和町にこの図書館が移管されて、小学校に併設される形の「市立少年図書館」となった。与野も同年、岩槻は1928年に町立図書館を設置するなど、1924年から1942年まで現在のさいたま市域に旧市町村立の図書館が設置された。戦争の激化によって大宮市立図書館以外の図書館は閉館へと至ったが、戦後の1952年に大宮市立図書館が再開され、その後与野・岩槻・浦和の順で、戦前との継続性を絶つ形で市立図書館を設立(事実上の再建)した。
概要
前身について
沿革
1914年1月11日 - 北足立郡浦和町の浦和青年会が浦和簡易図書館(私立)を玉蔵院のそばに開館。
1922年10月1日 - 浦和町に埼玉県立浦和図書館の前身である埼玉県教育会立埼玉図書館が開館。
1924年
3月15日 - 北足立郡大宮町が大宮町立図書館(現:さいたま市立大宮図書館)を大宮小学校内に開館。
6月 - 北足立郡野田村が野田村立簡易図書館を野田小学校内に開館。
8月 - 北足立郡谷田村が谷田村立図書館を谷田小学校内に開館。北足立郡尾間木村が尾間木村立図書館を尾間木小学校内に開館。
9月1日 - 浦和町が浦和町立少年図書館(浦和市立図書館の事実上の前身)を浦和小学校(現・高砂小学校)内に開館。同年7月に閉館した浦和簡易図書館の蔵書を承継する。
11月8日 - 北足立郡与野町が与野町立図書館(与野市図書館の事実上の前身)を与野小学校(現・与野本町小学校)内に開館。
詳細月日不明 - 北足立郡大門村が大門村立図書館を大門小学校内に開館。北足立郡土合村の土合青年団が土合青年団図書館(私立)を土合小学校内に開館。
1925年 - 北足立郡植水村が植水村立図書館を植水小学校内に開館
1928年 - 北足立郡七里村が七里村立図書館を七里小学校内に開館。南埼玉郡川通村が川通村立川通図書館を川通小学校内に開館。南埼玉郡岩槻町が岩槻町立岩槻図書館(岩槻市立中央図書館の事実上の前身)を岩槻小学校内に開館。南埼玉郡和土村が和土村立和戸図書館を和土小学校内に開館
1929年 - 北足立郡片柳村が片柳図書館を片柳小学校内に開館。北足立郡三室村が三室村立三室図書館を三室小学校内に開館
1932年4月1日 - 谷田村・木崎村が浦和町に編入合併した事に伴い、谷田村立図書館を浦和町立少年図書館として編入。1935年に浦和市立第四少年図書館に改称。
1933年 - 浦和町立第三少年図書館を浦和第三小学校(現・木崎小学校)内に開館
1934年
2月11日 - 浦和町が浦和市となった事に伴い、浦和町立少年図書館を浦和市立少年図書館に名称を変更。
詳細月日不明 - 浦和市立第二少年図書館を浦和第二小学校(現・常盤小学校)内に、浦和市立第五少年図書館を浦和第五小学校(現・本太小学校)内に開館
1935年1月 - 南埼玉郡柏崎村が柏崎村立図書館を開館。
1940年
4月17日 - 尾間木村・三室村が浦和市に編入合併したことに伴い、両村の村立図書館が浦和市立少年図書館として編入される。
11月3日 - 合併により大宮市が成立したことに伴い、大宮町立図書館から大宮市立図書館に名称を変更。
1942年 - 浦和市立第七少年図書館を浦和第七国民学校(現・南浦和小学校)内に開館
1947年9月1日 - 大宮市立図書館が大宮市立中央公民館の開館に伴い、合併され閉館となる。図書の貸出は中央公民館が行う。
1952年10月20日 - 大宮市立中央公民館の廃止による閉館に伴い、大宮市立図書館を大宮市役所内に再開館。
1954年4月 - 与野町が与野町公民館に図書部を設置し、図書の貸出を行う。
1957年1月29日 - 大宮市立図書館を大宮小学校内に移転開館。使用しない校舎を活用した独立館舎となる。
1958年7月15日 - 与野町が与野市となった事に伴い、与野町公民館を与野市公民館に名称を変更。
1962年12月11日 - 大宮市立図書館を大宮市役所の南側にあった旧大宮公共職業安定所庁舎に移転開館。
1969年6月20日 - 与野市公民館に図書室を開設し、図書の閲覧を行う。
1971年
4月16日 - 与野市が与野市図書館(現:さいたま市立与野図書館)を与野市役所内に開館[7][8](前記の図書室を事実上昇格させて、移転した)。