こんごう型護衛艦
[Wikipedia|▼Menu]

こんごう型護衛艦
DDG-175 みょうこう
基本情報
艦種ミサイル護衛艦 (DDG)
命名基準日本の山岳名
建造所三菱重工業長崎造船所
石川島播磨重工業
運用者 海上自衛隊
建造期間1990年 - 1998年
就役期間1993年 - 就役中
建造数4隻
前級はたかぜ型
次級あたご型
要目
基準排水量7,250トン
満載排水量9,485トン
全長161 m
最大幅21 m
深さ12 m
吃水6.2 m
機関方式COGAG方式
主機LM2500ガスタービンエンジン×4基
推進器可変ピッチ・プロペラ×2軸
出力100,000馬力
電源アリソン501-K34ガスタービン主発電機 (2,500 kW)×3基
最大速力30ノット
航続距離6,000海里 (20kt巡航時)
燃料1,785トン
乗員300人
兵装

54口径127mm単装速射砲×1基

高性能20mm機関砲CIWS)×2基

Mk.41 mod.6 VLS(29+61セル)

SM-2 SAM

SM-3 ABM

VLA SUM


ハープーン SSM4連装発射筒×2基

324mm3連装短魚雷発射管×2基

搭載機ヘリコプター甲板のみ
C4ISTAR

AN/WSC-3衛星通信装置
※AN/USC-42に後日換装

NORA-1衛星通信装置

NORQ-1衛星通信装置

指揮管制支援ターミナル

イージス武器システム

OYQ-102対潜情報処理装置

FCS
Mk.99 SAM用×3基

FCS-2-21G 主砲用[1]×1基

レーダー
AN/SPY-1D 多機能型 (4面)×1基

OPS-28D 対水上捜索用×1基

OPS-20 航海用×1基

ソナー
OQS-102 艦首装備式×1基

OQR-2 曳航式[2]×1基

電子戦
対抗手段
NOLQ-2電波探知妨害装置

Mk.137 6連装デコイ発射機×4基

曳航具4型 対魚雷デコイ[3]×1組

テンプレートを表示

こんごう型護衛艦(こんごうがたごえいかん、英語: Kongo-class destroyer)は、海上自衛隊護衛艦の艦級。海自初のイージスシステム(AWS)搭載ミサイル護衛艦(DDG)にして、アメリカ海軍以外が初めて保有したイージス艦でもある。

6103中期防に基づき、昭和63年度から平成5年度にかけて4隻が建造された[4]ネームシップの建造単価は約1,223億円であった[5][注 1]
来歴

海上自衛隊は、第1次防衛力整備計画期間中の「あまつかぜ」(35DDG)によってミサイル護衛艦(DDG)の整備に着手した。その後、第3次防衛力整備計画より建造を開始したたちかぜ型(46/48/53DDG)でシステムのデジタル化と海軍戦術情報システム(NTDS)に準じた戦術情報処理装置の導入、そして五三中業より建造を開始したはたかぜ型(56/58DDG)ではCIC能力の強化とともにプラットフォームのガスタービン化も達成するなど、順次に性能強化を図っており、とくにはたかぜ型については在来型ミサイル護衛艦の頂点に立つものと評されていた[8]

しかし一方で、当時のソビエト連邦軍においては、射程400km、超音速を発揮できるKh-22 (AS-4「キッチン」) 空対艦ミサイルと、その発射母機として、やはり超音速を発揮できるTu-22M爆撃機、そしてこれらを援護して電子攻撃を行うTu-16電子戦機の開発・配備が進められており、経空脅威は急激に増大していた。このことから、これらの在来型ミサイル護衛艦が装備していたターター・システムでは、性能上対処困難という問題が生じ、電子戦下でも多目標同時対処可能な防空システムであるAWSの取得が志向されるようになった[4]

海上自衛隊がAWSの導入に向けて動き始めたのは1981年ごろとされている。数度の折衝を経て、1984年には、アメリカ側より「日本に対するAWSのリリース可能」との回答がなされた。これを受けて、同年8月には「イージス・プロジェクト・チーム」が発足、1985年8月には「洋上防空態勢プロジェクト」が編成された[4]。また昭和60年度計画で予定されていたはたかぜ型3番艦の建造が中止され、イージスミサイル護衛艦の建造余席が確保された[8]

1986年5月、防衛庁(当時)内に設置されていた業務・運営自主監査委員会を発展拡大させて防衛改革委員会が設置され、その傘下の4つの委員会および小委員会の一つとして洋上防空体制研究会(洋防研)が発足した。洋防研においては、OTHレーダー早期警戒機要撃戦闘機、そして艦対空ミサイル・システムを組み合わせることによる洋上防空体制の強化・効率化が模索されており、研究の結果、護衛艦の艦対空ミサイル・システムの性能向上についてはAWSが最適であるとの結論に至った。これらの検討結果は1987年(昭和62年)12月の安全保障会議において了承された[9]。これによって建造されたのが本型である[4]
設計

本型はアメリカ海軍アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦をモデルとしており、特にAWSの各種レーダー類の配置の必要上、上部構造物の設計は類似したものとなっている。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:90 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef