株式会社うすい百貨店
Usui Department Store Co.,Ltd.
種類株式会社
市場情報非上場
略称うすい
本社所在地 日本
〒963-8004
福島県郡山市中町13-1
設立1970年(昭和45年)[1]
(創業は1662年(寛文2年)[2])
業種小売業
法人番号5380001004610
株式会社うすい百貨店(うすいひゃっかてん)は、福島県郡山市にある日本の百貨店である。 うすい百貨店 1930年(昭和5年)に合名会社うすゐとして法人化し、1938年(昭和13年)に百貨店法に基く百貨店営業の認可を受けて百貨店となる[1]。 1959年(昭和34年)に郡山市中町にあった丸伊デパート[注釈 1]を買収して[1]「第2うすい」として増床すると、1965年(昭和40年)の年商が33.0億円(売場面積7,565m2)で福島市一番店だった中合の年商24.5億円(売場面積7,028m2)を上回り、東北地方全体で仙台市の藤崎43.4億円、丸光42.3億円、三越41.5億円に次ぎ4番目の売上額[8]となる。 1970年(昭和45年)に株式会社うすい百貨店として分離独立すると、1967年(昭和42年)12月14日に仙台市から進出した丸光[注釈 2][9]、地場の呉服店から百貨店化した津野本店[10]、1969年(昭和44年)に進出したイトーヨーカドー[11]、1975年(昭和50年)に進出した西友[11]は1976年(昭和51年)11月6日に郡山西武店(郡山西武)となり[12]、ほかに開店時に廉売したダイエー[13]、丸井[11]など大型店と商勢を激しく競う。 1980年(昭和55年)に丸光が撤退[10][11]、1986年(昭和61年)3月に津野本店が廃業[10][14]、1988年(昭和63年)1月にイトーヨーカドーが一時撤退[注釈 3][11]、1994年(平成6年)にダイエーはトポスへ業態転換[注釈 4]するも存続できずに撤退[11][13]し、うすいは中央商店街の通りを挟んだ「第1うすい」と「第2うすい」[注釈 5]の2棟で営業した。うすいは日本百貨店協会に加盟しなかったが、のちに三越傘下になり加盟する。 郊外は、すでに市内へ数店舗進出したヨークベニマルなどのスーパー、郡山市西ノ内へ移転したイトーヨーカドー、1996年(平成8年)に市内の日和田にショッピングモールフェスタが開業して核店舗としてジャスコが進出し、うすいを含め郡山駅前の商業地の売上は低下した。うすいは、市と共同で県の補助金を利用して第2うすいなどの敷地に「中町再開発ビル」を建設[15]するが、東邦銀行は融資せず、メインバンクを秋田銀行に変更した。 1999年(平成11年)11月3日に現店舗へ移転し[16]、従来の約2倍[1]の31,000m2[7]で東北最大級の売り場面積[1]を持つ都市型百貨店を開業した[16]。郡山駅前の西友郡山西武店は、2000年(平成12年)10月15日に閉店[17]して11月22日にザ・モール郡山として新規開店した[18]。うすいの売上高は、移転・増床前1997年(平成9年)7月期に162.49億円で、2000年(平成12年)7月期に約2倍増床したが約155.34億円と4.4%減少して22.05億円の赤字となり[19]、2003年(平成15年)7月期に約168.65億円で5.87億円の赤字[1]で過大投資となり、借入金総額はうすい本社と合計で約155.02億円[1]で年間売り上げの90%を超えた。
歴史・概要
Usui Department Store
うすい百貨店(リニューアル後)
店舗概要
所在地福島県郡山市中町13-1
開業日1938年(昭和13年)
(旧店舗:百貨店法に基く百貨店営業の認可)[1]
*1999年(平成11年)11月3日(現店舗)
施設所有者うすい百貨店[1]
敷地面積8,019.92 m²
延床面積57,058.58 m²
商業施設面積31,000 m²[7]
最寄駅東日本旅客鉄道郡山駅
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うすい百貨店と手前は同社のメインバンク秋田銀行郡山支店セカンドバンク大東銀行は同社に隣接する。
創業と百貨店開業
増床と他大型店競合
新店舗移転と業績低迷
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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