いではく
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いで はく[1]
出生名井出 博正[1]
生誕 (1941-11-22) 1941年11月22日(82歳)
出身地 日本長野県南佐久郡南牧村海尻
学歴早稲田大学商学部卒業[1]
職業作詞家
活動期間1971年 - [1]

いで はく(本名・井出 博正(いで ひろまさ)、1941年昭和16年〉11月22日 - )は、日本作詞家日本音楽著作権協会(JASRAC)会長(2016年4月-)[2]日本音楽作家団体協議会理事長、松尾芸能振興財団理事[2]
経歴・人物

長野県南佐久郡南牧村海尻出身。長野県野沢北高等学校を経て1965年早稲田大学商学部卒業[1]後、全国モーターボート競走会連合会の教官として活動。全国の競艇場(24場)を回って、選手のスタート試験や登録試験などを担当した。その後は友人と共に会社を起業し、幼児向け英語教材(カセットテープ)を大手の出版社と連携して販売した。最初は売れ行きも好調だったが、提携先企業が苦境に陥り、僅か2年で失敗に終わる。その後は遠藤実の秘書となり、1971年に作詞家となる。1973年「親子流し唄」でレコードデビュー[1]日本レコード大賞ロングセラー賞、同作詩賞、2006年文化庁長官表彰、2015年外務大臣表彰[2]

2009年4月20日日本音楽著作権協会(JASRAC)理事として出席した、著作権制度の議論のための文化審議会著作権分科会「基本問題小委員会」第1回会合で、「自家用車で聞くために、消費者はもう1枚同じCDを買うのか」という質問に対して「当然だと思う」と発言し、消費者から批判が集中した。
主な楽曲

五十音順

小沢亜貴子「日本全国かずま君」

春日八郎ふたりの坂道

川中美幸「ふたりの春」

北川大介「雨の酒場町」「ブルーな街角」

北島三郎比叡の風」第51回日本レコード大賞作詩賞

小柳ルミ子南風

小林幸子「あれから一年たちました」

さとう宗幸「欅伝説」

伸歌華「情け酒」

杉良太郎「江戸の黒豹」「明日の詩」「すきま風」「風が吹くまま」

千昌夫北国の春

チェリッシュ「明日に向かって」

中澤卓也「彼岸花の咲く頃」

一節太郎「親子流し唄」

藤本美貴置き手紙」(堀内孝雄との共作)

三山ひろし「北海港節」第56回日本作詩大賞

森進一「昭和流れ歌」

森昌子「信濃路梓川」

帝京大学グループ応援歌

脚注^ a b c d e f “『白樺・青空・南風―「北国の春」はこうして生まれた』著者紹介”. 紀伊國屋書店. 2017年11月15日閲覧。
^ a b c “ ⇒いではく正会員が新会長に就任”. 日本音楽著作権協会 (2016年4月1日). 2017年11月15日閲覧。

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