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ライタイハン
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各種表記
ハングル:?????
漢字:-
平仮名:
(日本語読み仮名){{{hiragana}}}
片仮名:
(現地語読み仮名)ライタイハン
ラテン文字転写:{{{latin}}}
英語:Lai Daihan
ライタイハンとは、韓国がベトナム戦争に参戦した際、韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた二世のこと。パリ協定による韓国軍の撤退と、その後の南ベトナム政府の崩壊により取り残され、「敵軍の子」として迫害された[1]。ライはベトナムで軽蔑の意味を含めた「混血雑種」、タイハンは「大韓」のベトナム語読みである。
目次
1 ライタイハンの数と原因
2 背景 韓国のベトナム派兵
3 マスコミの対応
4 ライタイハンへの援護策
5 その他 アメラジアン問題
6 関連項目
7 参考文献
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ライタイハンの正確な数は、諸説ありはっきりしない。1500人(朝日新聞・1995年5月2日)、2千人(野村進)、最小5千人(釜山日報・2004年9月18日)、7千人、1万人以上(名越二荒之助など)、最大3万人(釜山日報・同)としているものもある。彼(彼女)たちの中には父親の記憶を持たず、韓国語を話せず、写真だけが唯一残された思い出という者がいる[2]。韓国との混血児は名乗りでないとの主張もある[3]。正確な調査が行われないまま、援助団体が支援を主張したため、数が膨れ上がったとの批判もある[4]。しかし、集団として注目できる、まとまった数の混血児が発生したのは事実である。
原因については「無責任にも妻と子供を捨ててに韓国で帰国したこと」(釜山日報、2004年9月18日)とする現地婚、「ベトナム人には美人が多いので、女は皆、慰安婦にさせられた。韓国との混血児は名乗り出ないので、はっきりとした数は判らないが、一万人以上はいるはずだ。」(名越二荒之助「日韓2000年の真実」~ベトナムの方がのべる韓国の残虐行為~P672)とする慰安婦(非管理売春)などと言われている。また、日本のインターネット上では、ベトナム解放戦線の放送が韓国軍による拷問や虐殺事件、あるいは婦女子への暴行事件を連日報じていた(亀山旭『ベトナム戦争』P122)ことや猛虎師団の一兵士が村の娘を強姦した(同p127)こと、そうした事件を報道する韓国マスコミ(1999年5月256号ハンギョレ21 など)を引用するかたちで原因を強姦とする意見が多く見られる。しかし、まだ十分な調査がおこなわれておらず、正確な原因は究明されていない。
当時の朴正煕政権は反共を国是とし、分断国家としてのシンパシーを訴えて派兵を推進した。安聖基は「参加する方では『男に生まれたからには、一度は戦場に赴かねば』という気風がありました」とも指摘している[5]。南ベトナムに派兵された韓国軍は、2個師団プラス1個旅団の延べ31万名。最盛期には5万名を数えた。また、「ベトナム特需」を当てこんだ産業資本や出稼ぎの民間人も進出し、これも最盛期には2万人近く[6]がベトナムに赴いた。ライタイハンはこれら韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた[7]。
兵士や出稼ぎの民間人による本国への送金は、年に1億2千万ドルを数え、1969年の韓国の外貨収入の2割に達した[6]。アメリカによる軍事・経済援助、日韓基本条約による資金援助と合わせて、漢江の奇跡の基礎となった。
後の大統領である全斗煥、盧泰愚はともにベトナム派兵で活躍した指揮官だった。最大の圧力団体である軍部の存在もあって、韓国ではベトナム戦争を批判的に取り上げることをタブー視する雰囲気が存在した。しかし後年、徐々に国民の意識が変わり、ライタイハンをテーマとしたドキュメンタリー[8]が放送されたり、ハンギョレのようにベトナムでの韓国軍の戦争犯罪やライタイハン問題を積極的に取り上げる動きもある。だが、その都度、退役ベトナム参戦兵士団体から強い抗議を受ける事実もある。