2007年11月9日、大阪市中央区の本店でも、九州産の牛肉を「但馬牛」、ブロイラーを「地鶏」、等と表示を偽装していた事が判明した[2]。産地や原材料を偽装していた物は合計で10商品に上っている[3]。
船場吉兆側は「ブロイラーの件は業者が地鶏と偽って納入した、産地偽装の件は現場の仕入担当者が独断で行った」としているが、前者に関して業者は「地鶏として船場吉兆に販売したことは無い」、後者に関して店員や業者は「値段や品質も違うのは明らかであり、船場吉兆役員も承知していた」とそれぞれ証言しており、両者の言い分は真っ向から対立した[4]。なお、船場吉兆が鶏肉を仕入れていた京都市の「とり安」は「国産若鶏」専門業者として100年以上の業歴を有する老舗であり、当事者の吉兆よりも歴史は古い。
2007年11月16日、大阪府警生活環境課は不正競争防止法違反(品質虚偽表示)の疑いが強まったとして、本店などの関係各所の強制捜査に入った[5]。捜索場所は、本社のほか大阪市中央区の湯木社長宅や、専務宅、事務所など12か所。府警は湯木社長ら幹部からも任意で事情聴取した。
直接の容疑は、同年3 - 10月にかけ、「牛肉みそ漬け」「牛肉みそ漬けと鶏肉みそ漬けセット」「牛肉みそ漬けと明太子セット」の三つのセットの原材料として、佐賀県産と鹿児島県産の牛肉を使って加工した商品を箱詰めした。そのうえで「但馬牛」「三田牛」などと表示したシールをはり、東京都内のギフト販売会社と大阪市内の阪急百貨店に計101個を納入した疑い。この三つの商品は約3万 - 約1万5,000円で販売していたという。
船場吉兆の幹部らは商品表示の一部に虚偽があった事実については認めているが、「会社ぐるみではない」「幹部の承知事項ではない」などと組織的な関与を否定してきた。だが、偽装商品が多岐に渡ることなどから末端社員らの単独行為とは考えにくく、府警は不正が長期間継続・放置されてきた疑いが強いとみている。
船場吉兆が、酒類の製造を行うのに必要な酒税法上の許可を得ずに梅酒を製造していたことが明らかとなった。報道によると、本店と博多店で自家製の梅酒を製造し、博多店が1999年頃、本店はそれ以前から、他に心斎橋店と天神店でも販売していた。なお、国税当局から「酒税法に抵触する疑いがある」と指摘を受けて、船場吉兆側は「営業再開の際にはメニューから外す」とした[6]。
4店舗全店で客が残した料理をいったん回収し、別の客に提供していた[7]。
「天ぷら」は揚げ直して出すこともあり「アユの塩焼き」は焼き直し「アユのおどり揚げ」は二度揚げしていた。わさびは、形が崩れて下げられてきたものをわさび醤油として出し直し、刺し身は盛り直していた。刺し身のツマはパート従業員が洗い、造り場(調理場)に持参していた。料亭経営を取り仕切っていた当時の湯木正徳前社長の指示で2007年11月の営業休止前まで常態化していたとされる[8]。 従業員はこれらの使い回しの料理について「下座の客に出すことが多かったように思う」と話している [9]。また使い回しが発覚した後に湯木佐知子社長は「食べ残し」と呼ばず「手付かずのお料理」と呼ぶようにマスコミに要望した。
当初、船場吉兆側は一連の偽装を「パートの女性らの独断によるものとしていた。しかし、2007年11月14日、売場責任者だったパートの女性ら4人が記者会見し、「店長(湯木尚治・船場吉兆取締役)から1か月期限を延ばして売るように直接指示を受けて賞味期限のラベルを張り替えていた」と語り、また偽装問題発覚後の10月31日夜、「全責任はパート女性にある」とする会社作成の「事故報告書」に湯木尚治より署名・押印を求められ、パート女性が拒否すると「それは言い訳や」と怒鳴った上、翌日も期限切れ商品を販売した理由を紙に書くよう迫られたと一連の経緯及び船場吉兆経営陣の関与を明らかにした。なお、パート女性は押し問答の末、1時間半後に署名せずに帰宅している。
一方、湯木尚治はインタビュー[10]でこれを否定。更に2007年11月16日の大阪府警による家宅捜索・強制捜査でもパート女性従業員の証言や仕入業者の証言を改めて全面否定した。しかし、店の在庫や仕入れの数の報告が大阪の本社に毎日ファックスで店舗から送られていたことが農林水産省の調べにより判明するように船場吉兆側の主張に矛盾が生じるに至って、12月10日女将の湯木佐知子ら取締役が会見を開いて経営陣の関与を認めた。佐知子が長男の喜久郎に返答内容を小声で指示し、喜久郎がそれをオウム返しにするさまがマイクですべて拾われてしまうといった内容だった[11]。
2008年1月16日、大阪地方裁判所に民事再生法適用を申請し、これを受けて裁判所は保全命令を出した。負債総額は、金融機関への債務が約6億、損害保証債務が約2億の計・約8億円であり、新社長に就任した湯木佐知子以外の役員は全員が引責辞任した[12]。1月21日、大阪地裁より民事再生手続の開始決定を受けて佐知子新社長が会見を開いて一連の経緯について再度謝罪し、同席した料理人らより佐知子新社長就任について説明を行った。また、本店を22日に営業再開する一方、心斎橋店及び天神店の運営から撤退、再生計画は2008年8月5日までに提出するとしていた[13]。
2008年5月、「客の食べ残した料理の使い回し」を10年以上も前から行っていたことが発覚して以降、予約のキャンセルが相次ぎ、客が発覚前の半分から3分の1程度に減少。資金繰りに窮し、グループ内外の支援を受けることもできなかったことから、2008年5月28日、大阪市保健所に飲食店の廃業届を提出し、大阪地裁に民事再生手続の廃止を申し立てた[14]。同年6月23日、破産手続開始決定。
廃業直前には大阪府料理業生活衛生同業組合から「料亭の評判を傷つけた責任は重大」と退会勧告を受け、組合を脱退している。
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^ ⇒「吉兆」菓子、偽装表示 福岡天神店 消費期限切れ販売 西日本新聞 2007年10月29日報道
^ ⇒船場吉兆の本店も偽装、佐賀県産を「但馬牛」『読売新聞』 2007年11月10日報道