2007年10月28日、「吉兆」グループの1社である「船場吉兆」(大阪市)が運営する福岡市岩田屋本館地下2階の「吉兆天神フードパーク」で、売れ残った「黒豆プリン」「桜ゼリー」「抹茶ゼリー(抹茶涼み)」「タルト」「ほうじ茶ケーキ」の5種類の菓子のラベルを毎日張り直し消費期限もしくは賞味期限の表示を偽装していたことが明らかとなった。なお、この製品を製造したのは、船場吉兆の店舗ではなく、製造委託を受けた福岡市内の洋菓子店である。福岡市食品安全推進課は同年9月11日から調査を実施、船場吉兆は同年10月27日より全商品の販売を取りやめた[1]。
2007年11月1日、「吉兆天神フードパーク」で販売していた「栗のふくませ煮」などの惣菜の内、消費期限・賞味期限切れの食材を岩田屋新館7階にあった「吉兆天神店」に流していたことが発覚。また、船場吉兆も12商品の惣菜で期限切れ販売をしていたと認めた。
大阪の各百貨店では今回の事態を重く見て、おせちやその他製品の取り扱いを見合わせ、11月12日、博多大丸は、船場吉兆側に物販・飲食の契約解除を通知、看板も撤去された。
2007年11月9日、大阪市中央区の本店でも、九州産の牛肉を「但馬牛」、ブロイラーを「地鶏」、等と表示を偽装していた事が判明した[2]。産地や原材料を偽装していた物は合計で10商品に上っている[3]。
船場吉兆側は「ブロイラーの件は業者が地鶏と偽って納入した、産地偽装の件は現場の仕入担当者が独断で行った」としているが、前者に関して業者は「地鶏として船場吉兆に販売したことは無い」、後者に関して店員や業者は「値段や品質も違うのは明らかであり、船場吉兆役員も承知していた」とそれぞれ証言しており、両者の言い分は真っ向から対立した[4]。なお、船場吉兆が鶏肉を仕入れていた京都市の「とり安」は「国産若鶏」専門業者として100年以上の業歴を有する老舗であり、当事者の吉兆よりも歴史は古い。
2007年11月16日、大阪府警生活環境課は不正競争防止法違反(品質虚偽表示)の疑いが強まったとして、本店などの関係各所の強制捜査に入った[5]。捜索場所は、本社のほか大阪市中央区の湯木社長宅や、専務宅、事務所など12か所。府警は湯木社長ら幹部からも任意で事情聴取した。
直接の容疑は、同年3 - 10月にかけ、「牛肉みそ漬け」「牛肉みそ漬けと鶏肉みそ漬けセット」「牛肉みそ漬けと明太子セット」の三つのセットの原材料として、佐賀県産と鹿児島県産の牛肉を使って加工した商品を箱詰めした。そのうえで「但馬牛」「三田牛」などと表示したシールをはり、東京都内のギフト販売会社と大阪市内の阪急百貨店に計101個を納入した疑い。この三つの商品は約3万 - 約1万5,000円で販売していたという。
船場吉兆の幹部らは商品表示の一部に虚偽があった事実については認めているが、「会社ぐるみではない」「幹部の承知事項ではない」などと組織的な関与を否定してきた。だが、偽装商品が多岐に渡ることなどから末端社員らの単独行為とは考えにくく、府警は不正が長期間継続・放置されてきた疑いが強いとみている。
船場吉兆が、酒類の製造を行うのに必要な酒税法上の許可を得ずに梅酒を製造していたことが明らかとなった。報道によると、本店と博多店で自家製の梅酒を製造し、博多店が1999年頃、本店はそれ以前から、他に心斎橋店と天神店でも販売していた。なお、国税当局から「酒税法に抵触する疑いがある」と指摘を受けて、船場吉兆側は「営業再開の際にはメニューから外す」とした[6]。
4店舗全店で客が残した料理をいったん回収し、別の客に提供していた[7]。
「天ぷら」は揚げ直して出すこともあり「アユの塩焼き」は焼き直し「アユのおどり揚げ」は二度揚げしていた。わさびは、形が崩れて下げられてきたものをわさび醤油として出し直し、刺し身は盛り直していた。刺し身のツマはパート従業員が洗い、造り場(調理場)に持参していた。料亭経営を取り仕切っていた当時の湯木正徳前社長の指示で2007年11月の営業休止前まで常態化していたとされる[8]。 従業員はこれらの使い回しの料理について「下座の客に出すことが多かったように思う」と話している [9]。また使い回しが発覚した後に湯木佐知子社長は「食べ残し」と呼ばず「手付かずのお料理」と呼ぶようにマスコミに要望した。
当初、船場吉兆側は一連の偽装を「パートの女性らの独断によるものとしていた。しかし、2007年11月14日、売場責任者だったパートの女性ら4人が記者会見し、「店長(湯木尚治・船場吉兆取締役)から1か月期限を延ばして売るように直接指示を受けて賞味期限のラベルを張り替えていた」と語り、また偽装問題発覚後の10月31日夜、「全責任はパート女性にある」とする会社作成の「事故報告書」に湯木尚治より署名・押印を求められ、パート女性が拒否すると「それは言い訳や」と怒鳴った上、翌日も期限切れ商品を販売した理由を紙に書くよう迫られたと一連の経緯及び船場吉兆経営陣の関与を明らかにした。