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日本における反オナニーの歴史

13世紀に編纂された『宇治拾遺物語』11話には、源大納言雅俊が僧に対して「かはつるみはいかが候べき」(オナニーはどう=過ちなのか?)と青い顔をして訪ねたところ、一同に大爆笑された、という記述がある。「過ちかもしれない」と考える意識と、それを「笑える」おおらかさが同居していたことが伺える。

江戸期の儒医学者・貝原益軒の『養生訓』(1713年)では、オナニーと性交を区別する記述はないが、精液を減損しないことが養生の基本とされ、性行為そのものを否定はしないが、過度に陥ることは害とされる。赤川学著「セクシュアリティの歴史社会学」(以下、赤川著「歴史社会学」)によれば、このように精液減損の観点から健康維持を説き、性行為が過度に陥ることを戒める発想は、江戸期の性を扱った書物に一般的なものであった。中にはオナニーを性交と区別して否定するものもある。このような発想は武士階層のみならず、漢方医の必携書にも同様の記述が見られることから漢方医を通じ、町人、農民層を含めた広範な範囲に広まっていたと考えられる。これが日本において、明治期の開化セクソロジーに見られる反オナニー言説がすんなりと受容される土台となった。だが、近代以前はそれ以降に比べ、オナニーに関して比較的おおらかであったと言える。民俗学者・伊藤堅吉の山梨県南都留郡道志村調査によれば、道志村には明治末期まで若者宿が残されており、気の合った若衆たちは娯楽場として若者宿に集い、ペニスの大きさを競い合ったり精液の飛ばし合いをしていたという(石川弘義・野口武徳『性』)。

赤川著「歴史社会学」によれば、明治初期には、『造化機論』(アストン著、千葉繁訳)を嚆矢として、セクシュアリティに関わる言説が多く生産される(開化セクソロジー)。数々の西洋の書物の訳書、或いは、地方の士族、東京の平民、ジャーナリストらによって書かれた書物群には、生殖器や性行為に関して様々な観点から論じられているが、その多くがオナニーの害について述べている。ただし、その理論的根拠には二系統あり、一つは「精液減損の害」という『養生訓』に見られる観点から論じられるもので、必然的に「オナニーの害を被る主体は男。オナニーとセックスはどちらも過度であれば害。害は、身体・健康に関わるもの」となる。もう一方は「三種の電気説」を根拠にするもので「オナニーの害は性別問わず。セックスとオナニーの害は別もの。害は、精神にも及ぶ」という主張。

また、同書によれば、明治10年代の医学界の成立にともない、専門家集団の間でもオナニーの有害性は検討されはじめる。1877(明治10)年創刊の『東京医事新誌』では、1879(明治12)年からオナニーの害についての言及が始まる。なかには、性欲を抑制することの害を述べるものもあるなど、全体として単純なオナニー有害論とは距離を置いている。オナニーは神経病の原因か、結果かという問いが、ここで浮上する。1894(明治27)年、クラフト=エビング[4]の『色情狂編』が出版される。ここでは様々な「精神病」や「色情狂」の症状とオナニーの関係が検討される。オナニーは様々な「病」(精神病・神経衰弱・同性愛や露出狂を含む各種色情狂)の「原因」なのか「誘引」なのかが検討され、「誘引」であると結論される。クラフト=エビングは明治期にオナニーを論じた医学者たち(山本宗一、森鴎外富士川游)などに多大な影響を及ぼした。巣鴨病院に勤務していた山本宗一は、そこで出会った三人の「手淫偏執狂」の症例報告を行っている。このような例外はあるものの、明治後期の日本の医学者たちによる検討は、全般的に統計的・実証的な調査を行った上でなされたわけではなく、単に西洋の書物の受け売りでしかなく、オナニーは様々な「病」の「原因」か「誘引」かについては、医学者たちの見解は分かれていた。

同書によると、このような背景のもとに、専門家集団は徐々に性的な事柄に関する知識を蓄え、学術書を刊行するようになっていく。明治初期のセクシュアリティに関するテクストは、市井の人々かジャーナリストによって書かれていたが、明治30年代以降、その主な担い手は「医学士」「○○病院院長」などの肩書きを持つ人びと(専門家集団)へと移行する。ただし、医学界といっても、その専門分化によって論理の内実は変わる。医学専門家内部では、オナニーの有害性に相当の疑問がもたれていたにも関わらず、衛生学のテクストではオナニー有害を前提として、学校や家庭における青年の監視の必要性が主張されている。


貞操帯1903年にAlbert V. Toddが出願した米国特許の貞操帯

西洋における反オナニー思想はさまざまな器具の考案を生み出した。一例として、右図はオナニーの誘惑から青少年を守るために考案された貞操帯の特許である。青少年のペニスを図のサックに挿入し、ベルトを腰に巻き固定する。本人にはこの器具が外せないようになっている。もし、本人が誘惑にかられて、ペニスに手を伸ばしてオナニーを始めると、大きな警報がなり、周囲の注意を喚起せしめるようになっている。警告にもかかわらず本人がオナニーを続けると、器具につなげられた電気回路が作動して電撃がペニスに走り、一気に萎えさせるような仕掛けになっている。ただし、この器具がどの程度普及したかどうかという記録は残っていない。

このような装身具は子供用にもつくられており、電撃はないが安易に性器を刺激できないよう堅い皮製のパンツ(男児はペニス部分がペニスサックのようにとびたし、女児には性器を覆うような形をしたもの)や女児用にミキナスとよばれるショーツをはかせ、性器を手で刺激しにくいようにしていた。しかし、実際にはなんとか快感を得ようと物に押し付けたりしてオナニーしていたようである。


医学的な見地

ご自身の健康問題に関しては、専門の医療機関に相談してください。免責事項もお読みください。


身体的影響

男性

オナニーをすると陰茎の皮や陰茎そのものが赤くなるが一時的なものである。オナニーや性交を繰り返すことによって、陰茎が黒ずむと言われることがあるが、皮膚の摩擦刺激による色素沈着(黒ずみ)は擦過傷、瘤、傷などの比較的深い持続的な刺激(例えば堅くてざらざらしたものの持続的な刺激)によるもの(これらも傷が深ければ治るのは遅いが持続的刺激がなくなれば消えるし直る)で、オナニーや性交を繰り返す程度で黒ずむことはない。性器が黒ずむのは、思春期から遺伝的に起こるもので、男性は陰茎よりも先端の包皮が濃く黒ずむ(皮膚の収縮が高いところなのでより多くのメラニン色素が集まるため)。包皮のシワが集まってそう見えるのもある。加齢による色素沈着は消えないので、年齢によって性器の色が異なるのはある意味当然ではある。またこの時期には性器のシミも生じてくる。これは皮膚の老化により皮膚がダメージによりシミになるやすくなるもの、主に傷、湿疹、出来物(吹き出物)で起こる(赤く腫れるぐらいではならないが)通常オナニーで性器に傷をつけることはないが、傷がつけばなる可能性はある。ただ、傷以外でもなるので、傷をつけなくても普段の生活で充分シミはできてしまう。現実に気づかない人も多いがシミある人は若い男女でもたくさんいる。勿論性器のどこにでもでき得る。大きさ、個数は人それぞれ、男性では亀頭、陰茎、そして包皮、また包皮の内側にある人もいる、女性も当然、小陰唇、大陰唇にある、これらも当然加齢とともに生じてくるごく自然なことである。逆に手の摩擦箇所の皮膚が擦りむけてくることもある。

俗に利き手の方向へ陰茎が曲がるなどと言われる。あくまで俗説であり変形は軽いものである。また、陰茎亀頭を包む包皮を利用してオナニーをすることで、包皮が伸びてしまい仮性包茎になりやすいという説があるが、これは俗説でしかなく、実際には皮が厚くなる程度。

オナニーの経験回数が増えるに従って、性器への刺激が増さないと射精しにくくなる傾向があるが、自分の手による刺激に慣れてしまうと、女性との性交時に、女性の膣圧が弱く感じられ、射精できなくなる(遅漏になる)という報告もある。性的興奮には個人差が大きいため必ずしも自慰によるものではなく性的興奮をもたらす要因にも関わる場合がある。

オナニーをすると老化やハゲなどにつながると言われることがある。男性ホルモンの分泌量増加を理由として主張する者もいるが、実際にこうした医学的証明があるわけではなく、俗説の域を出ない。


女性

男性同様、性器の黒ずみに関してはオナニー・性交の摩擦と関係があるという俗説がある。しかしオナニーや性交の摩擦によって小陰唇に色素が沈着し黒ずむわけではない。ただ、オナニーの方法や頻度により小陰唇が多少伸びることがある。しかし身体改造的に行なわなければ大きな変形とはならない。性器の色素沈着は加齢とともに起こるもので、男性同様遺伝的なもので皮膚の収縮が高い小陰唇が濃く[5]大陰唇がそれよりも薄く黒ずむ[6]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki