ja:小倉百人一首

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百人一首の歌人達
万葉集の歌人
まだしっかり身分の差がないためか天皇、貴族、武士、農民などあらゆる階層の人の歌が収められている。自分の心を偽らずに詠むところが特徴。有名な歌人は、大伴家持山部赤人柿本人麻呂など。
六歌仙の時代
万葉集とは違い、比喩縁語掛詞などの技巧をこらした繊細で、優美な歌が多く作られた。選者の紀貫之が六歌仙と呼んだ、在原業平小野小町などが代表的な歌人である。
女流歌人の全盛
平安時代の中頃、宮廷中心の貴族文化は全盛を迎える。文学の世界では、女性の活躍が目ざましく清少納言が『枕草子』、紫式部が『源氏物語』を書いた。二人のほか百人一首には、和泉式部大弐三位赤染衛門小式部内侍伊勢大輔といった宮廷の才女の歌が載っている。
隠者武士の登場
貴族中心の平安時代から、武士が支配する鎌倉時代へうつる不安な世の中で、仏教を心の支えにする人が増えた。百人一首もこの時代を反映し、西行や寂連などの隠者や源実朝などの武士の歌も登場する。藤原定家自身も撰者となった『新古今和歌集』の歌が中心で、色彩豊かな絵画的な歌が多く、微妙な感情を象徴的に表現している。


使途

百人一首は単に歌集として鑑賞する以外の用途でも広く用いられている。


教材

たとえば中学校高校では、古典の入門として生徒に百人一首を紹介し、これを暗記させることがよくある。これは、それぞれが和歌(5・7・5・7・7の31文字)なので暗唱しやすく、また、後述するように正月に遊戯として触れることも多いので、生徒にとってなじみがあるからである。また、短い和歌の中に掛詞などさまざまな修辞技巧が用いられ、副詞の呼応などの文法の例も含まれることから、古典の入門として適した教材だといえる。


かるた

百人一首は現在では歌集としてよりもかるたとしてのほうが知名度が高く、特に正月の風物詩としてなじみが深い。百人一首のかるたは歌がるたとも呼ばれるもので、現在では一般に以下のような形態を持つ。

百人一首かるたは、百枚の読み札と同数の取り札の計二百枚から成る。読み札と取り札はともに花札のように紙を張り重ねてつくられており、大きさは74×53mm程度であることが一般的である。札の構造、材質、裏面などは読み札と取り札では区別がない。読み札の表面には大和絵ふうの歌人肖像(これは歌仙絵巻などの意匠によるもの)と作者の名、和歌が記されており、取り札にはすべて仮名書きで下の句だけが書かれている。読み札には彩色があるが、取り札には活字が印されているだけである点が大きく異なる。

かるたを製造している会社として有名なのは、京都の企業である任天堂、大石天狗堂、田村将軍堂で、現在ではこの3社がほぼ市場を寡占している。

江戸期までの百人一首は、読み札には作者名と上の句のみが、取り札には下の句が、崩し字で書かれており、現在のように読み札に一首すべてが記されていることはなかった。これは元来歌がるたが百人一首を覚えることを目的とした遊びであったためであり、江戸中期ごろまでは歌人の絵が付されていない読み札もまま見られる。また、現在でも北海道地方では、下の句かるたというやや特殊な百人一首が行われており、読み札に歌人の絵がなく、上の句は読まれず下の句だけが読まれ、取り札は厚みのある木でできており、表面に古風な崩し字で下の句が書いてあるという、江戸期の面影を残したかるたが用いられている。

歌かるたが正月の風俗となったのは格別の理由があるわけではなく、もともとさまざまな折子供や若者が集まって遊ぶ際に百人一首がよく用いられたことによるものである。そのなかでも特に正月は、子供が遅くまで起きて遊ぶことをゆるされていたり、わざわざ百人一首のための会を行うことが江戸後期以降しばしば見られたりしたこともあり、現在ではこれが正月の風俗として定着しているものであろう。今では、百人一首を五色に分けている五色百人一首などが多くの小学校で行われている

百人一首を用いた主な遊び方には以下のようなものがある。


散らし取り(お散らし)

古くから行われた遊びかたのひとつで、あまり競争意識ははたらかない。以下のようなルールに従う。

読み手を選ぶ(ふつうは一人)。

読み札をまとめて読み手に渡し、取り札は百枚すべてを畳の上などに散らして並べる。

取り手は何人でもOK。みなで取り札のまわりを囲む。このとき不平等にならないように、取り札の頭はそれぞればらばらな方を向いているようにならなければならない。

読み手が読み札を適当に混ぜてから、札の順に歌を読み上げる。

歌が読み始められたら、取り手は取り札を探して取ってかまわない。

同時に何人もが同じ札をおさえた場合には、手がいちばん下にある人がこれを取る権利を持つ。

間違った札を取った場合(お手つき)には何らかの罰則が行われるが、源平のようにしっかりとした決まりごとはない。

百枚目を取ったところで終了。最も多くの札を取った人が勝ちである。

本来は読み札には上の句しか書いてなかったために、この遊びかたは百人一首を覚えるうえでも、札の取り合いとしても、それなりの意味があったのだが、現在では読み札に一首すべて書いてあるために、本来の意図は見失われている。ただし大人数で同時に遊ぶためには都合のいい遊びかたで、かつてのかるた会などではたいていこの方法に片寄っていた。

お散らしに限らず、江戸時代までは読み手は作者の名前から順に読み上げ、上の句が終わったところで読むことをやめるのが常であったようだ。現在では作者名をはぶき、最後まで読んでしまう(なかなか取り手が取れない場合には下の句を繰りかえす)。読みかたに関しては上の句と下の句のあいだで間をもたせすぎるのはよくないといわれるが、本来の遊び方からいえばナンセンスな問題ともいえる。


逆さまかるた

本来の百人一首は上記である散らし取りが一般的であるが、この逆さまかるたは読み札(絵札)が取り札になり、下の句札(取り札)が読み札となるもの。このゲームの目的は「下の句を聞いて上の句を知る」ための訓練ゲームでもある。もちろん、多くの札を取った人が勝ちとなるが、取り札である読み札には漢字が混じるため視覚からくる思わぬ錯覚なども加わって、思わぬところで「お手付き」があるのもこのゲームの特徴である。


源平合戦

源平とは源氏平氏のこと。二チームに分かれて団体戦を行うのが源平合戦の遊び方である。
散らし取り同様に絵札と字札を分け、読み手を一人選ぶ。

百枚の字札を五十枚ずつに分け、それぞれのチームに渡す。両チームはそれを3段に整列して並べる。

散らし取り同様に読まれた首の字札を取る。このとき相手のチームの札を取ったときは、自分のチームの札を一枚相手チームに渡す。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki