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ヨシフ・スターリン
Иосиф Сталин
ソヴィエト連邦第2代最高指導者
任期:1922年4月3日 ? 1953年3月5日
出生:1879年12月9日
グルジア、ゴリ
死去:1953年3月5日
モスクワ
政党:ソビエト連邦共産党
配偶:エカテリーナ・スワニーゼ(最初の妻)
ナジェージダ・アリルーエワ(二度目の妻)
ヨシフ・スターリン(Иосиф Сталин、1879年12月9日(グレゴリオ暦12月21日) - 1953年3月5日)は、ソビエト連邦の政治家。本名は、ヨシフ・ヴィサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ(Иосиф Виссарионович Джугашвили, グルジア語:????? ?????????)。20世紀にその名を残す独裁者の1人。
「スターリン」とはペンネームで、「鋼鉄の人」の意。「ジュガシヴィリ」は「ユダヤ人の息子」の意。『赤いツァーリ』の称号で呼ばれることも多い。旧ソ連ではスターリンを、ドイツ(ナチ政権)の侵略から祖国を守る英雄として、またソビエトを戦勝後にアメリカに次ぐ世界第二番目の経済大国へと躍進させた戦略的指導者として認識している人々も少なくない。その一方で、党内反対派や「反革命分子」「人民の敵」に対し、粛清と称して無数の国民を虐殺し、過酷な抑圧政策を取ったことでも知られる。
ボリシェヴィキ(ソ連共産党)の書記局長に就任し、党員名簿と経理を掌握することで実権を握り、のちの権力の地盤を築いた。ロシアでは総書記に当たる語で呼ばれる。ウラジーミル・レーニンの死後、レフ・トロツキーやニコライ・ブハーリンなど、政治的ライバルや反対派の粛清を経て実質的な最高指導者となり、独裁的な権力を振るうに至った。彼が存命の頃のソ連は、強力なプロパガンダによって共産主義の希望の星として憧憬の目が注がれていた。しかし、その死後はニキータ・フルシチョフのスターリン批判などによって、スターリンによる独裁の時代の政治体制や主張・理論は、スターリン主義として右翼陣営だけでなく左翼陣営からも否定されるようになり、多くの共産主義者から批判・敵視された。
目次
1 来歴
1.1 生い立ち
1.2 社会主義運動
1.3 権力の掌握
1.4 大粛清
1.5 スターリン憲法
1.6 第二次世界大戦
1.6.1 独ソ不可侵条約
1.6.2 独ソ戦
1.6.3 対日参戦
1.7 冷戦
1.8 プロパガンダ
1.9 個人崇拝
1.10 死去
1.11 死因にまつわる噂
2 復権への動き
2.1 ソ連時代
2.2 ソ連崩壊後