「善意でやった」「いわゆる」「俗にいう」は、事実を含まないで、誹謗中傷するために使うことができます。使わずに内容を並べることができればそうするべきです。
たとえば「AはYといっている。しかしながら、BによるとZであるという」と書いたとき、AよりBの主張が、正しいかのように暗示させています。これを避けるには「AはYといっている。その一方で、Bが言うにはZであるという考えもある」などとします。表現の順序を変えるだけで印象が変わることもあるため、注意して記述する必要があります。
「根本的に」「基本的に」などの言葉で定義をすることは、様々なカテゴリーや記事から関連付けることを躊躇させる原因にもなり、できるだけ使用を避けるべきです。根本的に仕事は辛いものである。
上の例では、多くの人がうなずくことでしょうが、仕事を終えたときの達成感を大切にする人や趣味を仕事としており、働くことを苦痛と感じない人もいることもまた事実です。特に異文化の間では、同一の価値観を持っていることは稀であり、これらの言葉を使うぐらいなら具体的に記述するようにしましょう。
「当然のことであるが」「もちろん誰でも知っているが」のように読者がその記事について十分な知識を持っているか、共通の認識を持っていることを前提にした文章を書かないようにしましょう。次に悪い例を挙げます。当然のことではあるが、プロテスタント教徒はこの批判を強く支持することになる。
また、「もちろん」「当然」を「疑う余地が無く」という意味で使う事も避けましょう。次に一例と、その理由を参加者の会話を例に挙げて説明します
マキャベリの生涯は当然3つの時期に分けられる。
私は間違った捉え方ではないと思うし、良いと思う。--zeroいや、これではマキャベリの生涯は3つにしか分けられないという見方もできてしまう。マキャベリの生涯を4つの時期に分けて捉える人がいるかもしれないし、それが不自然だと言い切れない。--Egomaniac
ブラームスの作品の意味や背景を考えることは、もちろん批評家の間では行われていない。
何事にも例外はあるし、これは確かにまずい。--zero
しかし、逆に疑うべきでは無い時もあるのではないだろうか?「当然、彼はノーベル賞を受賞したことを光栄に思っていた」のように名誉ある賞を受賞したら誰でも嬉しいと思う。-- Tarquin 09:33, 20 Aug 2003 (UTC)シンクレア・ルイズやマーロン・ブランドのように、自分が受賞を相応しくないと思う人もいます。--Calieber 13:28, 26 Sep 2003 (UTC)
これらの言葉は、「アルカイーダと関連のあるジェマ・イスラミア」のようにテロリストグループ同士の横のつながりを記述するために使われることが多いですが、実際には情報不足で何の説明にもなっていないことに留意するべきです。具体的に相互関係を記述するほうが役に立ちますし、もし情報が不足していて具体的な記述が出来ない場合には、はっきりとその事実も記述するべきです。「系・系列・関連」のように広い意味を含む言葉を使うと、実際より強い相互関係を持っていると誤解させることにもなります。
統計を用いて文章を組み立てる時は、誤解や混乱を招かないように、確認が容易にできるようにWikipedia:出典を明記するを参考に統計の出典を記述し、わかりやすく記述するように心がけましょう。次の例のように数字とパーセンテージを混ぜて文章を書かないように注意しましょう。英国の全家庭のうち、30%がペットを飼っており、その中の約150万軒が犬を飼っている。
この例では、ペットの中で犬がどのぐらいの割合を占めているのか、それに実際にどれだけの家庭がペットを飼っているかのいずれも文章から読み取ることは困難です。ペットを飼っている家庭の数が150万軒ほどしかなく、ほぼ全ての家庭が犬を飼っているということもありえないわけではありません。
また次のような文章も避けるようにしましょう。ナチス・ドイツは300の強制収容所や捕虜収容所を設置した。約2000人の市民が死傷した。
上の文では、実際に強制収容所と捕虜収容所がそれぞれいくつずつあったのかがわかりにくくなっています。下の文では、死者が1人で残りの2000人が負傷者であるのかも知れず、実際より被害を大きく見せることになります。
これらの言葉は、その定義の支持者と批判者の間で、議論を呼びやすいことから、使用する際には細心の注意を払い、可能な限り中立的で具体的な記述をすることが求められています。また、一般的には否定的な意味を持つことが多く、より中立的な言葉で代用することが望ましいものです。学問用語として、定着している場合は代用する必要はありません。
ある宗教団体について「Xはカルト宗教である」という言い方を避け、「AによるとXは『カルト宗教』である。なぜなら、……」と必要であれば、外部のリンクを使用し、その理由を詳しく記すべきです。
社会学では、カルトは中立的な学術用語として用いられていますが、一般的な使用法ではないので、学術用語として使用していることを明記するようにしましょう。
英語では「セクト (sect)」という言葉が中立的であるとして使用を推奨していますが、日本語では20世紀の半ばから活動を始めた特定の思想集団を指すため、「新宗教」あるいは「新興宗教」「諸派」「会派」やその団体が正式な略称として使用している言葉を使用するようにしましょう。
現在、大衆的な宗教と認められている宗教であっても、過去にはいわゆるカルトと蔑視されていたという事実を忘れずに、公平な記事を書くようにしましょう。1世紀ごろのローマ帝国では、キリスト教は成立して間もない宗教であり、時には信者にとって命の危険を意味していました。中国政府は、法輪功といくつかのキリスト教諸派をカルトと認定しています。サイエントロジーは、一時期アメリカ合衆国内でカルトと認識されていたことがあります。また、キリスト教のある宗派では、カトリック教をカルトだと批判しています。また、過去に存在していた宗教であっても、現在ではその教義が反社会、あるいは犯罪そのものであるという場合もあります。一般的に、誕生してから間もない宗教は、社会や他の宗教と衝突を繰り返しますが、これは必ずしもどちらかが間違っているというわけではありません。
しかし、中には武器や排他的な教義などを用いたり、極端なケースでは大量破壊兵器の取得を目指したりするなど、他の宗教を攻撃し、その存在を貶めようとしている宗教もあり、この場合は中立的な観点でこれらの事実を記載することに問題はありません。新宗教のほとんどが暴力行為に走ることはありませんが、それらの行為を実際に行った団体もあるというのも事実です。
フランス語では、カルト (culte) は「崇拝」、セクト (secte) は「カルト」とほとんど正反対の意味を持っています。他の言語から、翻訳する時には意味を取り違えないように、注意しましょう。
テロリスト(Terrorist)
この言葉の使用に関しては次のような賛成・反対の意見があります。
賛成意見
辞書や百科事典、政治学の教科書などに登場する言葉であり、明確に定義された意味を持っている言葉である。また、ほとんどの政府の間でも共通した定義を持っており、「1国の政府以外の組織で、政治的な目的のために破壊活動を行うグループ」というのがその定義の一例だ。政府がお互いの行為を国家テロだとして非難するのは政治学の場で議論するべき問題である。
テロリストと呼ばれる集団の多くが、自分たちはテロリストではないと否定することは、実際にその集団がテロリストであるかどうかとは別の問題である。