このページは過去の議論を保存しているアーカイブです。編集しないでください。新たな議論や話題は、Wikipedia:井戸端で行ってください。
目次
1 投票時のコメントについて
2 削除依頼の再提出のやり方について質問です
3 本文と会話ページの削除基準について
4 依頼について
5 節単位の編集
6 分割のやり方
7 各種テンプレートは大きすぎでは?
8 削除の方針の改定
9 サイズの肥大化が原因で分割された記事の扱いについて
10 「ルール」として記されているものの位置付けについて
11 度重なるフォームの仕様変更の是非
12 履歴が改竄され、削除審議全くなしで無関係の編集まで削除されている
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投票時のコメントで、誤った知識などを理由にして、賛成・反対をしたとします。その後、コメントの誤りが判明した場合、票として認められるのでしょうか? 個人的には、ケースバイケースかな…と思うのですが…。現在、困っている訳ではありませんが、ちょっと気になったので質問します。--idea 2007年9月18日 (火) 11:47 (UTC)理由に何が書かれていようが、そのまま「賛成」「反対」として扱われます(「理由が間違っているから無効」なんていう裁定は見た記憶がないし、そういう価値判断を持ち込んではまずかろう)。--Nekosuki600 2007年9月18日 (火) 12:46 (UTC)なんでもいいと思うし、それより、投票行為で物事を決する考えの方が危険だと思います。出来るだけ物事は検証可能性などの観点から属人的でないことの方が望ましいと思います。--ゆきち 2007年9月18日 (火) 12:47 (UTC)Wikipediaでは、単純に投票の多寡でもって結論が決まるということはありません。どちらかというと、「大間違いな理由を付して投票をし、撤回もしないで放置しているようなやつ(あるいは、間違いを認めようとしない厚顔無恥なやつ)」がどちらかに投票していたら、管理者判断の時点で、それなりのバイアスはかかるだろうなあと思ったりしますけどね。そのあたりはもう定量化できない話ですから。--Nekosuki600 2007年9月19日 (水) 16:04 (UTC)コメントが間違ってた人が誤りを認め、自分で票を撤回すればよいかと。この場合は他の人の手で票を無効にしてはいかんとおもいますが。--辞典の虫 2007年9月18日 (火) 13:48 (UTC)
私のページ羊崎文移を、理由を書いて再削除依頼を試みましたが、やり方が間違っていたようで、ユーザ様からアドバイスを頂き、サブページなるものを製作してみましたが、この後の編集方法は、もうこれでよいのでしょうか?それともまだ足りない所があるのでしょうか?未熟者で申し訳ありません。--かんな文移 2007年9月19日 (水) 01:46 (UTC)個人的には削除する必要はないと思います。引退しても著作は残りますから。それに、今回削除できたとしても、同じ項目が再度作成されることを妨げることは、原則不可能ですから、削除する意味がないとも言えます。また、個人的な意見で恐縮ですが、このような項目にこそ残ってほしいと思います。--郁 2007年9月19日 (水) 02:08 (UTC)コメントしてきました。基本的に削除の根拠は希薄と思ってますけど、本人が嫌がっているものを敢えて問答無用で載せる必要もあるのかな、とも思います。いわゆる「紳士録」でも掲載拒否ができる時代のようですし。まぁ、さすがに、どこの本屋でも本が置いてある程著名な作家なら、載せないわけにはいかないし、そこは著名度での判断もあるんでしょうけど。--はま 2007年9月19日 (水) 03:20 (UTC)いろいろ編集上の不手際があり申し訳ありません。私が今回削除依頼を再び出したのは前回の依頼結果を蒸し返すのではないのです。私が今後、出版から引退する場合、記事に成長の見込みがないと感じ、今回もう一度だけ削除再提出をした訳であります。もし、私が明日が何十年後か知れませんが事故や病気で死去した場合、著名でない私の訃報をメディアは伝えず、Wikipediaに不明瞭な記事が残る可能性があると思われます。それ以前に5、6年も更新されない記事があれば、おかしいと感じ削除依頼されるユーザ様もいて当然かと思われますが…。あと、個人的に投稿歴のないこの場限りのアカウントユーザによる編集は、毎回ちょっと私の心に動揺が来ます。(存続)意見のユーザ様のご意見も配慮した上で、管理人様やユーザ様の天秤に全てお任せいたします。なお私自身が削除提出するのは今回限りです。3回も4回も提出したら荒らし同様と思いますので。最後の審判です。敬具--かんな文移 2007年9月19日 (水) 11:20 (UTC)うーん。そんなに謙虚にならなくてもいいんじゃないのかなぁ、なんて思ったりもしますが(かなり誤解をしつつレス書いてるような気もするが)。Wikipediaは、いずれにせよ「該当者・該当組織にとっての正史」を伝えているものではないし、信頼性という意味でも必ずしも万全の信頼性があるものではないというのは社会的合意だと思うし、ある程度まとまった情報がそこにあるってのは悪いことじゃないんじゃないだろうか。