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目次
1 ここから下に書き込んで下さい。
2 メンバー
3 ディスコグラフィー
3.1 シングル
3.2 アルバム
3.3 コンピレーション
3.4 その他
4 関連項目
5 外部リンク
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マガジン(Magazine)は、1977年から1981年まで活動した、イギリスのロックバンド。バズコックスのオリジナルメンバーだったハワード・ディヴォートが結成した。 パンクの余韻醒めやらぬ70年代末に、「ロキシーミュージックとヴェルヴェットアンダーグラウンドの合体」とも評された、エッジの効いたメロディアスなサウンドと、シニカルな歌詞が特徴。しかしチャートアクション的には振るわず、81年の5thアルバム「Magic, Murder & The Weather」をリリース後、リーダーであるディボートが脱退し解散した。 80年代ニューウェーブにおけるネオサイケの源流として語られたり、またレディオヘッドが影響を受けたと語ったことで再評価を受けている。
ハワード・ディヴォート(Howard Devote)ヴォーカル
ピート・シェリーと結成したバズコックスを1stシングル「Spiral Scratch」(1976)リリース後脱退し、マガジンを結成。マガジン解散後は、ソロアルバム「Jerkey Version of Dreams」を発表、次いで女性ギタリスト、、デイヴ・フォーミュラらとラグジャリア(Luxuria)を結成し2枚のアルバムを残した後、音楽活動から引退。2000年には、ピート・シェリーとバズクンスト(Buzzkunst)名義でライヴを行い、突然の復帰、2002年にはShelly Devote名義でシングル「Buzzkunst」を発表。
ジョン・マッゴフ(John McGeoch)ギター
1980年、3rdアルバム「Correct Use of Soap」録音後、スージー&ザ・バンシーズに加入するため脱退。バンシーズ「JuJu」などの傑作で独特のギターサウンドを奏で、80年代英国ニューウェーブの代表的ギタリストとなる。 バンシーズ脱退後は、元スキッズのリチャード・ジョブソン(ヴォーカル)、ラッセル・ウェッブ(ベース)、元マガジンのジョン・ドイル(ドラムス)らとジ・アーモリー・ショウ(The Armoury Show)を結成するが、1stアルバムをリリース後脱退。ジョン・ライドン率いるP.I.Lにも参加(「Happy?」)するが、ツアー中ステージ上で客の投げた酒瓶を受け怪我するアクシデントに遭い、脱退。その後、音楽シーンから引退し看護師として働いていたという。2004年3月4日、突然の訃報。TV向けの作曲など音楽活動を再開した矢先だったという。
デイヴ・フォーミュラ(Dave Formula)キーボード
1978年、ボブ・ディッキンソンの後任として加入。マガジン在籍中、他のメンバー(マクガフ、アダムソン)とヴィサージに参加するなど、ニューウェーブ系テクノサウンドに関わり深い。マガジン解散後は、ディボートが結成したラグジャリアに参加。その後音沙汰なかったが、キーボーディストとしての活動は続けていたらしい。2001年にザ・フィンクス(The Finks)というバンドで活動開始との報がある。
バリー・アダムソン(Barry Adamson)ベース
マガジン解散後は、ニック・ケイヴ率いるバッドシーズのメンバーとして活躍(1984年-86年)。その後、ソロ活動に転向。架空のサウンドトラック路線でコンスタントに良作アルバムをリリースし続けている。
ジョン・ドイル(John Doyle)ドラムス
1978年加入。マガジン解散後は、マッゴフらとジ・アーモリー・ショウ(The Armoury Show)を結成。
マーティン・ジャクソン(Martin Jackson)ドラム
1stアルバム「Real Life」リリース(1978年)後、脱退。その後、スイングアウト・シスターのメンバーとして活躍。ネオサイケの代表的バンドであるザ・カメレオンズ(The Chameleons)にも一時参加していた。
ロビン・サイモン(Robin Simon)ギター
ウルトラボックスのギター。1980年のツアーに、直前に脱退したジョン・マッゴフの代打として参加。ライヴアルバム「Play」で聴くことができる。
ベン・マンデルソン(Ben Mandelson)ギター
ラストアルバムとなった「Magic, Murder & The Weather」(1981)録音に加入。マガジン解散後は、XTCの初期メンバーであるバリー・アンドリュース率いるシュリークバックに参加。その後、3ムスタファズ3(3 Mustafa's 3)を率いる。