ワールド・チャンピオンシップ・レスリング(WCW,World Championship Wrestling )は
アメリカ合衆国のプロレス団体、及びその興行会社。ジョージア州アトランタに本社が置かれていた。オーナーはケーブルテレビ局CNNの設立者であるテッド・ターナー。団体発足当初はNWA(ナショナル・レスリング・アライアンス)に所属していた。エリック・ビショフによって付けられた愛称は「大男たちの遊び場(Big boy's play)」
1.の団体名の由来となったテレビ番組のタイトル。この経緯は本項の中で述べる。
目次
1 歴史
1.1 テレビ番組「WCW」
1.2 初期
1.3 エリック・ビショフによる転換、Monday Night War
1.4 WCW vs nWo
1.5 ポストnWo
1.6 迷走、団体崩壊
2 所属選手
3 関連項目
4 関連リンク
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WCWとは、もともとプロレス団体NWAジョージア・チャンピオンシップ・レスリングがテッド・ターナーの米TBS社の局で放送していた、NWA加盟団体の試合中継を主とした番組のタイトルであった。1984年、同団体の興行株の51%を持っていたジャック・ブリスコ、ジェリー・ブリスコら四人が、ビンス・マクマホンにそれを売却してしまう。そのため「WCW」の放送権をWWFが獲得。番組名はそのまま内容がWWFの中継に変更された。一年後、NWAミッド・アトランティック・レスリング(ジム・クロケット・プロモーション、通称クロケット・プロ)が、元筆頭株主オレイ・アンダーソンらが持っていた残り半数の興行株を買収してNWAジョージア地区を吸収し、同時にWCWの権利を買い取って引き続き『World Championship Wrestling』を放送した。
クロケット・プロはその後NWAフロリダ地区も吸収合併し、1987年には提携関係にあったルイジアナ州のUWFをも買収、WWFとほぼ同規模の巨大団体となった。しかし急激な巨大化に対処できず、経営不振から1988年11月テッド・ターナーに売却され、TBSのプロレス部門の子会社として再出発をすることとなり新団体WCWが設立された。当初はこれまでどおりNWA(当時の会長はジム・クロケットJr.)に所属していたため、NWA-WCWとも名乗った。クロケットはコンサルタントとして新会社に残ったが、一年後には現場から離れた。
WCWの社長は親会社の顧問弁護士などが務め、実権は本社から派遣された副社長が握る組織であった。このことが後々までWCWの迷走の原因となる。初代副社長に任命されたのは、かつてセントルイスの地方局長時にプロレス番組を放送し、その後はピザハットに転職したジム・ハードだった。安易なギミックを次々と設定し、スーパースターであり団体を代表するレスラーであったリック・フレアーに対しても「古代の剣闘士」スパルタクスへのギミックチェンジを迫るなどプロレスについての理解が乏しく、この時代にWCWに所属していた選手たちのハードへの評価は非常に辛辣である。
WCWはその発足後もNWA世界ヘビー級王座を世界ヘビー級王座と言う名称で使用していたが、1991年3月21日に東京ドームで藤波辰爾とフレアーが王座戦を行い、藤波が3カウントを取る。WCWの用意したシナリオでは本国のルールに則り、3カウント前のオーバー・ザ・トップロープによる藤波の反則負け、フレアーの王座防衛だったが、新日本プロレス側が納得せず、またWCWも王座移動を了承しなかったため藤波がNWA王者になり、フレアーはWCW王座を防衛したことにされ王座が分裂、WCW王座が誕生した。
同年夏、フレアーがかねてからのジム・ハード副社長との確執により、WCW王座ベルトを保持したままWWFに移籍。フレアー不在の期間はレックス・ルガー、ビッグバン・ベイダー、スティングらがWCW王座を争った。この期間にはハードに代わってビル・ワットが副社長を務めた。
エリック・ビショフによる転換、Monday Night War
WCWの転換期はエリック・ビショフによって始まった。元AWA(アメリカンレスリングアソシエーション)のリングアナウンサーでWCWに雇用されてからはTVスタッフとしても働き、低迷するWCWを救うべく、1993年フレアーらの推薦もあり副社長に抜擢された。1994年6月11日エリック・ビショフは当時レスラーを引退し俳優として活動中だったハルク・ホーガンとの契約に成功、半年後にはやはりセミリタイヤしてコメンテーターに転向していたランディ・サベージをWWFから引き抜いた。同年のバッシュ・アット・ザ・ビーチ'94でホーガンはリック・フレアーを破る。PPVで放送されたこの大会では高い収益をはじき出しホーガンはビショフの信頼を得た。
1995年9月4日、WCWはWWFの看板番組だったマンデーナイト・ロウ(Monday Night Raw)の裏番組としてマンデー・ナイトロ(Monday Nitro)の放送をTNT局で開始。名称からしてRAWを意識した番組であることは明白だった。