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α(アルファ)

1981年の発売。ソニートリニトロンカラーモニター「プロフィール」によく似た、シンプルなモニター風のデザインや、システムアップのしやすさなどを特徴とした「コンポーネントα」として発売され、CMには滝田栄が出演していた。同時期には、家具調AVテレビとして「彩」も併売されていた。その後、1982年発売の「αデジタル」からは、その当時「ニューメディア」と呼ばれたキャプテンシステムMSXパソコンと接続できるRGB端子を搭載するようになり、1983年から後継モデルの「α2000」(1984年発売)まで、イメージキャラクターに沢田研二を起用していた。また、1985年に発売された「α2000X」は、テレビ累計生産1億台の記念モデルとなった。

1984年にはカラーモニター「αTUBE(アルファチューブ)」(TH28-DM03)が発売された。レイアウトフリーを実現し、そのままで床に置くことを可能とした斬新な曲線デザインが特徴で、1985年のグッドデザイン大賞を受賞している。

この前後の時期から、テレビ受像機のデザインの変化(家具調デザイン→モニター風デザイン)に伴い省スペース化が実現したことや、レンタルビデオなどの登場で拍車がかかったAVブームに呼応するように、大画面テレビが登場し始める。当時のカタログでも、テクニクスブランドの音響機器ビデオデッキ『Hi-Fiマックロード』などと、大画面テレビを組み合わせたAVシステム(現在で言うホームシアター)へと発展できるような提案がされていた。

1986年には初めてサラウンドスピーカーを装備した「αサラウンド」が、1987年には新開発「フラットARTブラウン管」や「ツインターボスピーカー」を搭載した「αArt(アルファアート)」が登場した。イメージキャラクターには渡辺謙が起用され、CMでは「新しい。美しい。大きい。」「AVテレビは、でっかくありたい。」と謳っていた。

なおこの「αArt」が、「National」ブランドで発売されるテレビとしては最後のものになった。


PANACOLOR X(パナカラーイクス)

1988年の発売。この年からAV機器にも「Panasonic」ブランドが導入され、同ブランドで発売された最初のテレビとなったが、1989年までは「PANACOLOR X」をパナソニックブランドで、同サイズの「αArt」を従来通りナショナルブランドで併売していた。

26型?33型までをラインナップに据え、翌年に本放送を開始する衛星放送チューナー(27型以上の一部機種には文字放送チューナーも搭載された)と、スピーカーをテレビ本体に内蔵することで、キャビネット部と一体化させたデザインやスリムな開口部を持ち、高音質・重低音再生を特徴とする「ドームスピーカー」を初めて搭載した。

当初のCMには、AV機器全般のイメージキャラクターを務めていたジョージ・ルーカスが出演したり、ソウルオリンピックの開催に合わせた広告展開がされ、CM曲としてモーツァルト交響曲第41番『ジュピター』」(第1楽章)が使用された。その後、「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」の映像がCMに登場していた時期もあった。また1989年に山形県の民放テレビ局であるテレビユー山形が開局した当初、「PANACOLOR X」のCMが「開局記念バージョン」となって放送された事がある。

1989年以降は「ハイグレードAV」「重低音テレビ」と謳い、「スーパードームスピーカー」やドルビーサラウンドシステム、新開発の「NEWファインARTブラウン管」を搭載したXA1シリーズ(XA1シリーズのみに37型が存在した)、デザインをよりシンプルなものへと変更し、操作系を一体化したスライドパネルを装備するXW1/X1/XS1/XV1シリーズ、キャビネット部を木目調とした「ARBRE(アルブル)」(TH-33/29XF1)が登場している。また「PANACOLOR X」を上回る大画面テレビとして、当時最大の43型ブラウン管を搭載した「VIP43」も存在した。

ライバル機種は「プロフィール・スター」「ドラマゾーン」(ソニー)「バズーカ」(東芝)など。いずれもドルビーサラウンドシステムや、独自方式の高音質スピーカーを搭載していた。また「PANACOLOR X」の登場により、他社もスピーカー内蔵型が主流となった。

なお「PANACOLOR X」は「パナカラー」ブランドを冠した最後のテレビで、これを最後に消滅した。


画王(がおう)

1990年10月の発売。発売当初のキャッチコピーは「画王生誕。」「BS時代の新・テレビジョン」。

「PANACOLOR X」の後継ながら、同社のカラーテレビ事業30周年の節目にふさわしく、全く新しいコンセプトで発売された。ブラウン管を平面に近づけた「スーパーフラット&ブラックマスク」、従来のドームスピーカーよりも容積をコンパクト化しながらも、低音域を従来以上に再生する「重トーンドームスピーカー」(29型・33型に採用)、明るさを自動調整する「カメレオンAI」などからなる新技術を多く導入した。スピーカー開口部を特殊シートで覆うことで、スピーカーを意識させないシンプルなデザインは「画王」シリーズのアイデンティティとして受け継がれた。

さらに、当時家電業界ではタブーとされていた漢字2文字に濁点を入れたネーミングも特徴だった。津川雅彦が「画王国」の王に扮し「テレビじゃ画王じゃ!」と叫ぶテレビCMは話題を集め、そのネーミングと共に強いインパクトを与えた。
このCMは、「特定企業の製品が王を自称する、画王というネーミングは、そのイメージから公正な競争を阻害する」というクレームが同業者から寄せられ、新聞でも取り扱われたが、結局は、CMをマイナーチェンジすることで決着した(前述の「テレビじゃ?」というコールがなくなった)。 CMには他に西岡千恵子や鈴木保奈美トウカイテイオーも出演し、大画面テレビの楽しさをアピールした。西岡千恵子などが歌うCMソング(「画王の国からポイポイポイ」など)はCD化されている。

バブル景気や宣伝効果に乗り、発売後年末までに20万台、1年で約100万台を売り上げ、「クイントリックス」以来の大ヒットとなった。多機能や高画質・高音質を盛り込みながら、比較的手の届きやすい価格(29型で20万円を切る)を実現していたこともヒットにつながり、1989年に発売された「バズーカ」(東芝)と合わせ、大画面テレビ市場を二分する存在となる。他のライバル機種としては「キララバッソ」(ソニー)や「帝王」(三洋電機)などが挙げられる。

バリエーションとしては、43型のプロジェクションテレビ「画王43」や、「PANACOLOR X」に設定された「ARBRE(アルブル)」と同様、キャビネット部にマホガニーを使用した木目調の「純木画王」も存在した。その他には、25型・29型・33型といった大型のテレビデオが「画王」のブランド名称で販売されたり(小型モデルは「2SHOT(ツーショット)」の名称だった)、画面サイズが16:9の「ワイド画王」も後年に登場している。なお、ビデオデッキは「録画王」「ビデオ画王」の名称で販売されていた。

1991年には、初のアナログハイビジョンMUSE方式)テレビ「TH-36HD1」が発売される。デジタルハイビジョンテレビの低価格化が進んだ現在からは考えられないことだが、36型で450万円と非常に高価であった。


ヨコヅナ


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki