VHSが普及するにつれ量産効果が上がり、テープ価格が大幅に値段を下げた。オープンリールを多用していたコンピュータ業界はテープの安さからデータカートリッジとしての利用を推し進めた。富士通などは大型コンピュータの補助記憶装置として用い、数百本のVHSテープを筐体内ラックに納め、コンピューター制御によりジュークボックスさながらのオートローディングを行わせ大型磁気ディスク装置のバックアップ装置として活用した。この際使用したテープは市販のビデオ用テープと同じ規格の物を使用した。
1991年、米ALESIS社がS-VHSテープに8トラックのデジタル録音を可能にしたADAT(ALESIS DIGITAL AUDIO TAPE)を発売。機器ばかりでなくメディアも安価ということで、中小のスタジオやホームスタジオで急速に広まった。デジタルがゆえに事前にフォーマット作業が必要で(後に録音と同時フォーマットが可能になる)、120分の録画テープで約41分の録音が可能。デジタル記録はヘッドとの物理的接触に弱いため、ベース・フィルムを強化したADATロゴ入りの推奨S-VHSテープも存在する。当初のTypeIフォーマットではサンプリングビット/レートは16bit/44.1kHzと16bit/48kHzだったが、後のTypeIIフォーマットで24bitにも対応した。1チャンネルの記録につき2トラックを使って96kHzを実現するS/MUXという規格もある。一方デジタルのインターフェイスは標準の角型オプティカル(S/PDIF)で8チャンネルを同時に送受信できるが、もちろん一般の2チャンネルのフォーマットとは互換性はない。16台まで同期できる。
現在この規格は一般化し、adat(エーダット)として、Hi8テープに同様の録音ができるティアック社のDTRS規格とともに、ユーザーの根強い支持を得ている。
VHSフォーマット概要VHSカセットのテープ構造
記録方式:ヘリカルスキャン方式
記録ヘッド数:2
ヘッドドラム径:62mm
ヘッドドラム回転数:29.97Hz(約1800rpm)
カセットテープサイズ: 188×104×25mm
テープ幅:12.7mm
テープ送り速度:約33.34mm/s(SP)/16.76mm/s(LP)/11.18mm/s(EP)
記録トラック幅:約58μm(SP)/29μm(LP)/19μm(EP) ※LPモード対応機種は、日本国内ではほとんど普及していない。
音声トラック
ノーマル1トラック(モノラル音声)
ノーマル2トラック(ステレオ音声。1978年の音声多重放送開始に対応するために追加された。ヒスノイズが増加したため、対策としてドルビーノイズリダクションシステムBタイプを搭載した。なお、対応する製品は1987年・日本ビクターのHR-S10000以降生産されていない)
Hi-Fi2トラック(1983年に開発されたHi-Fi規格が主流になるまでは、ノーマル2トラック対応機種が各社から発売されていた)
リニアPCM(過去には日本ビクター製の1990年発売の「HR-Z1」など、国内のメーカー数社から対応する製品が発売された。衛星放送のエアチェックファンなどから高く評価されたが、著作権保護の問題から僅か1世代で生産が終了した)
信号方式
映像信号:周波数変調(FM)シンクチップ:3.4MHz/白ピーク:4.4MHz:クロマ信号:低域変換方式(VHS方式)
映像信号:周波数変調(FM)シンクチップ:5.4MHz/白ピーク:7.0MHz:クロマ信号:低域変換方式(S-VHS方式)
音声信号:2チャンネル長手方向記録(ノーマル音声トラックの場合)
アンペックス社の巨大な業務用VTRを始まりとして、NTSC方式をそのまま録画可能な回転2ヘッドヘリカルスキャン方式の開発以降、各社は比較的コンパクトなオープンリール式のVTRを発売する(方式はバラバラ)。松下・ビクター・ソニーの3社は家庭用も見据え、テープがカセットに収められたビデオレコーダー(VCR)の統一規格(Uマチック)に合意。発売したが、高価なこともあり、オープンリール式と同様に企業の研修用途、教育機関、旅館/ホテルの館内有料放送(ブルーフィルムもどき)などが主な販売先だった。
そこでソニーは家庭への普及を狙いテープ幅を1/2インチ、カセットがコンパクトな「ベータマックス」を開発。各社に家庭用VCRのベータ方式での統一を呼びかけた。しかし、ビクターも同じテープ幅1/2インチの家庭用VCRを開発しており、カセットのコンパクト化よりも長時間録画を優先。ベータはUマチックとおなじUローディング方式をそのまま用いたのに対し、開発が難航したものの部品点数が少なく生産もしやすいMローディングを採用した。
そしてソニーに続いてビクターも家庭用VCR、VHSの開発を発表。ビクターは親会社の松下電器産業(現・パナソニック)にVHS方式への参加を要請したが、当時、子会社の松下寿電子工業(現・パナソニック四国エレクトロニクス)が開発したVX方式のデッキを販売していたこと、さらにベータ方式を支持する社内意見もあり松下の反応は煮え切らないものだった。
そこで、のちに「VHSの父」と呼ばれる高野鎮雄が松下幸之助に直訴。松下本社で幸之助、松下、ソニー、ビクター各社社員ら出席し、両社のビデオデッキを見比べる会議(直接対決)が開かれた。その席で幸之助は「ベータは100点(満点)、しかしVHSは150点。部品点数が少ないので(VHSは)安く造ることが出来、後発組に有利。」と言ったといわれる。通産省が規格分裂に対し難色を示していたこともあり、新規格での規格統一も提案したが両社とも自社規格を引っこめる気が無いために幻となり、松下はVHS方式への参加を決めた。幸之助がVHSを選んだ決め手になったのは、VHSデッキのほうが軽かったことだとされる。「ベータだと販売店の配送を待たなければならないが、VHSはギリギリ持ち帰れる重さで、購入者が自分で自宅に持ち帰りすぐ見られる」といった幸之助らしい基準だった。
その他エピソード
VHS/β戦争の火蓋が切られたとき、ソニーは自社工場で生産されたものは自社ブランドで販売していたが、ビクターはVHSファミリーの中で技術的問題や生産能力でまだVHSデッキを製造できないメーカーにOEM供給していた。ときには自社ブランドよりOEM供給向けの生産を優先していたこともあるという。それはいろんなメーカーで販売することによって他社の販売網を活用できるし、VHSが多数派のような印象を持たれるように狙ったものと言われる。
松下電器ではOEM供給していたアメリカのRCA社より、アメリカンフットボールの録画のために更に長い録画時間が必要という要望があり2倍モードをつけたVHSデッキを開発、OEM供給したがビクターの了承を得ないものだった。互換性を重視するビクターは松下の勝手な振る舞いに怒ったらしい。しかし、βのβIIなどの長時間録画モードへの対抗上、3倍モードでも画質は2倍モードとほとんど変わらないうえに特殊再生が可能、という技術的見地から3倍モードがVHS規格に追加された。ベータ規格の3倍モード相当となるβIIIも、特殊再生や映像処理の面では2倍モード相当のβIIより有利だった。