VHD
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VHD

Video High Density Discの略。1980年代に登場したビデオディスク規格。本項目で記述する。

Microsoft Virtual Hard Diskの略。マイクロソフト2006年に発表した仮想マシン技術の一つ。Microsoft Virtual PCを参照。

VHD (Video High Density Disc, ヴイエイチディ) は、1980年代日本ビクターが開発したビデオディスク規格である。
目次

1 製品概要

2 ビデオディスクの規格争い

3 特徴

3.1 フルランダムアクセス

3.2 特殊再生

3.3 3-D立体映像対応

3.4 放送三方式対応


4 QX VHD、VHD DigitalAudio、Hi-Vision VHD

5 AHD

6 VHDpc INTER ACTION

7 カラオケVHDと、EXTRA SOUNDカラオケVHD

8 VHDプレイヤーの愛称

9 参考資料

10 関連項目

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製品概要

映像の水平解像度は240本程度とVHSベータと同程度だが、相反する解像度とS/N比のバランスが良く、高画質で両面最大2時間の収録が可能。記録方式はCAV、色信号低域変換方式採用、ディスクの回転数は900rpm、ディスクの直径は26cm。 音声はアナログFMオーディオが基本で、後にDigitalAudio規格もオプションで追加された。

溝なし静電容量方式で、接触式のセンサを用いてディスク表面の信号を読み出す。信号記録面がアナログレコード同様露出している構造上、傷やホコリ対策のためのキャディ(ジャケット)にディスクが封入され、直接触れることはできない。(ディスク形体をイメージしやすく言うと、巨大なフロッピーディスク)

再生するときは、ディスクをキャディごとプレイヤー本体に差し込むと、中のディスクだけがロードされ、キャディは排出される。取り出し時には、キャディを差し込むとディスクがキャディ内に戻される。キャディの裏面にはサイド確認窓があり、白線が見えればB面、見えなければA面である。片面ディスクでB面を上にして入れると回転せずに即座に取り出しモードになる。ディスクはキャディに収納されているため、DVDLD等で生ずる傷、指紋、ホコリに悩まされることもなく、取扱は簡便だった。 ディスクとセンサが接触し信号を拾っている関係上、摩耗は当然生じるが、一時間以上に亘る静止画再生等通常考えられない方法を取らない限り、一般家庭での視聴環境ではほぼ無視できるレベルである。

同じ接触式の針を用いたビデオディスクとして、ドイツのテルデック・デッカテレフンケンが開発したTED、アメリカのRCAが開発したCED(商品名はSELECTA VISION)、松下電器産業が開発したVISC(未発売)もある。これらはレコード同様に溝があり、VHDとの互換性はない。

なお、LD同様、ソフトのレンタルは全面禁止だった。

当時はビデオがある程度普及し、次は絵の出るレコードとしてビデオディスクが待望されていた。その中にあってVHDはアナログレコードの生産設備を利用できる点からも普及が有力視されたが、DVD以前は他の規格も含めてVHSの牙城を崩すほどの商品が登場しなかった。


ビデオディスクの規格争い

レーザーディスク(LD)との規格争いでは、VHD陣営がアイワ赤井電機オーディオテクニカクラリオン山水電気三洋電機シャープ、ゼネラル(現富士通ゼネラル)、東京芝浦電気(現東芝)、トリオ(現ケンウッド)、日本楽器製造(現ヤマハ)、日本電気ホームエレクトロニクス日本ビクター、松下電器産業(現パナソニック)、三菱電機の15社、LD陣営は当初はパイオニア1社のみと陣容は圧倒的だった。ベータ方式のビデオテープレコーダーを擁して、日本ビクターとライバル関係にあったソニー、そしてアメリカRCA社にCED方式のビデオディスクプレイヤーをOEM供給していた日立製作所、日立グループでDENONブランドを擁していた日本コロムビア、光学式ビデオディスクシステムを開発したフィリップスの傘下であった日本マランツ、オーディオ機器メーカーティアックは、最初はどちらの陣営にも参加しなかったが、その後LD陣営に参入した。なお、当時ソニーの子会社だったアイワがVHDグループに参入し、製品を販売していた。

しかし、VHD方式の技術開発が予想以上に難航し、発売は当初予定の1981年4月から大幅にずれ込み、1983年4月となった。大幅に時間が掛かったことで世界的な商機を逃してしまい、日本国外でゼネラル・エレクトリック、ソーンEMI、日本ビクター、松下電器産業の4社が行っていたVHDソフト、ハード供給合弁企業は本格始動前に空中分解している。

その後、光学式の先進的なイメージと、LD陣営によるCD/LDコンパチブル再生機のヒットにより、1989年にはビデオディスク市場で95%のシェアを獲得したLDに敗れ去った。世帯普及率が5%程度のビデオディスクは嗜好商品であり、価格の優位よりも性能が消費者に重視されたためと言われる。



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki