V6_(ジャニーズ)
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解説

年長組3人を「20th Century(トゥエンティース・センチュリー、通称:トニセン、TC)」、年少組3人を「Coming Century(カミング・センチュリー、通称:カミセン、CC)」として、独立した活動も行っている。

来る21世紀に向けた“次世紀”という意味の「カミセン」の名は、CDデビュー時から存在したが、対する年長組には名前がなかなか付かず、当初の頃は仮称として「V6アダルトチーム」・「V6ヤングチーム」という風に分けられていた。しかし、楽屋裏で居合わせた近藤真彦ジャニー喜多川にアダルトチームへの命名を進言した事がきっかけで、カミセンの21世紀に対し“20世紀”を意味する「20th」と命名。少しの間はこの名で活動していたが、その後カミセンに合わせて“Century”の文字を付け、「20th Century」の名に落ち着いた。グループの愛称も、ジャニー喜多川が“20th”の発音である“トゥエニース”を更に縮め、「トニセン」と命名した。 尚、「V6」の“V”には、バレーボール、ビクトリー、バーサス、ベテランなど、20?30もの意味が存在する。また、広東語名では「勝利六人組」という表記をされている。

グループとしての音楽活動・バラエティ番組出演のほか、ドラマや映画・舞台、またそれぞれのソロ活動も活発に行っている。

V6は当初1年限定のユニットだったという(井ノ原談)。

うたばん』(TBS)の企画内での質問(『10年経っても未だに好きになれないメンバーがいる』)のとき、井ノ原を未だに好きになれないというメンバーがいるらしいことが発覚した。この好きになれないメンバーを10周年コンサートの時に発表した。

メンバー全員バック転ができる。

デビューしてからリミックスアルバムをリリースしたことは1度もないが、シングル曲のほとんどはアルバム収録の際にアレンジされている。

近年、所属レコード会社のエイベックスが、アニメ制作や音響に力を入れていることなどから、アニメの主題歌を担当することが比較的多い。


来歴

1994年12月の発足以来プロ化を目指していた日本バレーボールの「Vリーグ」に乗じ、1995年秋にフジテレビ主催で行われた『バレーボールワールドカップ』のイメージキャラクターとして新しいグループが作られる事が、1995年8月に発売されたアイドル雑誌『Myojo』の1995年10月号にて初めて発表される。その時のグループ名表記は「Vsix」で、メンバーもまだ候補段階であり、初代の「ジャニーズSr.」として既にNHK-BS2アイドルオンステージ』でも活躍していた、坂本昌行長野博井ノ原快彦佐野瑞樹原知宏・喜多見英明の6名となっている。 その後、佐野・喜多見の替わりに、「剛健コンビ」と呼ばれていた森田剛三宅健が正式に加入。この6名で、同年9月4日六本木ディスコヴェルファーレ」にて、新グループ「V6」としてのデビュー記者発表が行われた。

その後、事務所社長のジャニー喜多川が、更にV6の中で年上チームと年下チームに二分する事を考案。そこで、原知宏は元々Sr.の出身で、年下チームに入れるには身長も高すぎるという事で、日本テレビ天才・たけしの元気が出るテレビ!!』内のオーディションコーナー「ジャニーズ予備校」出身の岡田准一と木村伸一、更に「J-eleven」出身の大野智という3名の候補者が浮上。大野に関してはデビュー曲のカップリング『Theme of Coming Century』のレコーディングにまで参加していたが、最終的には岡田がメンバー入りする事に決定。ここで初めて現在のメンバー構成となった。

1995年11月1日、『MUSIC FOR THE PEOPLE』でCDデビュー。デビューイベント「SING FOR THE PEOPLE」を成功させた。また、イメージキャラクターを務めた『バレーボールワールドカップ』では大会中継や、V6主演のタイアップドラマ『Vの炎』に出演する事で知名度を高めていった。ドラマ撮影時は合宿生活までしている。

当初はユーロビートの楽曲(主にデイブ・ロジャースのカバー)を歌っていたが、1997年『愛なんだ』からポップス路線に転換。

1998年、森田が『24時間テレビ 「愛は地球を救う21」いま、始めよう』において、チャリティーランナーに選ばれ、100kmマラソンを完走。

2000年、夏のコンサートでさいたまスーパーアリーナこけら落し公演を行う。

2000年8月19日?8月20日24時間テレビ 「愛は地球を救う23」がんばる…君のために!』にてメインパーソナリティを務める。

2001年台北で、日本人としては初めて、3日間連続公演を、同年10月、カミセンがアジアコンサートを行った。

2002年、韓国の『ドリームコンサート2002』に日本人として初出演する。また井ノ原は自らの原案による映画『ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY』、『ピカ☆☆ンチ LIFE IS HARDだからHAPPY』に出演した。(ちなみにこの映画の主役はの5人が主役)

2003年、カミセン主演映画『COSMIC RESCUE』公開。

2004年、映画『サンダーバード』で日本語吹き替え版の声優を担当。

2005年デビュー10周年。



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki