V2ロケットは、第二次世界大戦中にドイツが開発した世界で最初の軍事用液体燃料ロケット(弾道ミサイル)であり、宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスが命名した報復兵器第2号(Vergeltungswaffe 2)を指す。この兵器は大戦末期、主にイギリスとベルギーの目標に対し発射された。開発名称の Aggregat 4(略号:A4)も知られている。
目次
1 開発
2 生産・発射
3 戦後の V2 の利用
4 詳細技術
5 その他
5.1 フィクション
5.1.1 漫画
5.1.2 小説
5.1.2.1 架空戦記
5.2 音楽
5.3 映画
6 参考文献
7 脚注
8 関連項目
9 外部リンク
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1927年に結成されたドイツ宇宙旅行協会( ⇒Verein fur Raumschiffahrt)は、宇宙旅行を夢見て1929年頃から液体燃料ロケットを研究していた。ヴェルサイユ条約で大型兵器の開発を禁止されていたヴァイマル共和国の陸軍は、1932年に同協会が開発中の液体燃料ロケットを長距離攻撃兵器として発展させる可能性に注目、ヴァルター・ドルンベルガー ( ⇒Walter Dornberger) 陸軍大尉は、資金難に悩むアマチュアの研究者ヴェルナー・フォン・ブラウンらの才能を見抜き、陸軍兵器局の液体燃料ロケット研究所で研究を続けることを彼に説いた。
フォン・ブラウンらはそれに応じ、1934年12月、フォン・ブラウンはエタノールと液体酸素を推進剤とする小型の A2 ロケット(質量500kg)の飛行実験で新たな成功を収めた。
1936年までにはチームは A2 ロケットの開発計画を終了し、新たに A3 と A4 の開発に着手していた。後者は射程距離175km、最大高度80km、搭載量約1トンとして設計された。フォン・ブラウンの設計するロケットが兵器としての現実味を帯びつつあることは明らかであり、ドルンベルガーは実験規模を拡大し、かつ研究活動を秘匿するため、開発チームをベルリン近郊のクマースドルフ陸軍兵器実験場 ( ⇒Heeresversuchsanstalt Kummersdorf) からドイツ北部バルト海沿岸のウーゼドム島に新設したペーネミュンデ陸軍兵器実験場 ( ⇒HVP) に移した。
A4 の約1/2スケールモデルのA3は全4回の打上げに全て失敗したため、A5 の設計が始められた。このヴァージョンは完璧な信頼性を備え、1941年までには開発チームは約70基のA5 ロケットを試射していた。
最初の A4 は1942年3月に飛行し、およそ1.6km 飛んで海中に落下した。2回目の打上げでは高度11.2km まで飛行して爆発した。
1942年10月3日に行われた3回目の打上げで成功し、ロケットが完全な軌跡を飛び、宇宙空間に突入した初の人工物体となって 192km 先に落下した。
1940年頃よりイギリス軍情報部は写真偵察からこの兵器開発に気付き、1943年8月にペーネミュンデを爆撃した(ハイドラ作戦)。このため、同年11月より生産テスト・発射訓練部隊を内陸部奥深い武装親衛隊演習場のハイデラガー( ⇒Heidelager)(現ポーランドのブリツナ ⇒Blizna)に移した。1944年5月には、試射されたミサイルをポーランド人レジスタンスがブク川の土手から回収し、極めて重要な技術的詳細をイギリスに伝えたこともあり、連合軍はペーネミュンデを何回か爆撃し、研究と生産を遅延させた。
ドルンベルガーは、当初よりトラクター牽引式の発射装置を想定し、ロケットサイズを鉄道、道路輸送できるような範囲に留めることを設計条件としていた。アドルフ・ヒトラーは地下発射陣地建設に拘ったために、最初の地下発射陣地建設は、カレー近くで1943年に開始されたが、イギリスは直ちにこれを爆撃して破壊した。この一連の作戦はクロスボー作戦 ( ⇒Operation Crossbow) としてよく知られている。
このために地下発射陣地建設計画が破棄され、ミサイル、人員、機器、燃料の為に約30台の各種車両から成る技術部隊、発射部隊が編成された。ミサイルは工場から射場近くに鉄道輸送され、運搬車 ( ⇒Vidalwagen) に載せ換え、射場へ道路輸送され、弾頭が取り付けられた後に発射部隊がミサイルを発射台兼用車 ( ⇒Meilerwagen) に移し、液体燃料を注入して発射した。
ミサイルは事実上どこからでも発射することが可能で、カモフラージュの観点から特に森林の道路上から好んで発射された。射場の決定から発射までに要する時間は、4 - 6時間程度だった。ミサイル発射部隊は機動的で小部隊だったため、発射・運搬車両は一度として敵空軍に捕捉されたことはなかった。
なお、ドイツの報復兵器のうち、V1は空軍が所管・推進したのに対して、V2は陸軍が所管した。これは、V1が飛行爆弾で「無人の戦闘機」とみなされたのに対して、V2はロケットで「巨大で高性能な砲弾」と考えられたからである。
V2は、ドイツ中部のノルトハウゼン近郊の岩塩採掘抗を利用した工場で生産された。