飛行中のCV-22
用途:VTOL輸送機
分類:ティルトローター機
製造者:ベル、ボーイング
運用者:アメリカ合衆国(空軍、海兵隊)
初飛行:1989年3月19日
運用開始:2005年12月8日
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V-22はアメリカのベル社とボーイング社が共同で開発したティルトローター機。
愛称はオスプレイ(Osprey;ミサゴのこと。オスプリー、オスプレィとも)。初飛行は1989年。
目次
1 開発の経緯
1.1 JVX開発計画
1.2 開発メーカーの決定
1.3 開発計画の遅れ
1.4 試作機段階での事故
1.5 量産の決定
1.6 LRIP(低率初期生産)段階での事故
2 現在の状況
3 特徴
3.1 エンジンについて
3.2 性能
4 派生型
5 スペック
6 その他
7 関連項目
8 脚注
9 外部リンク
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ヘリコプターは垂直離着陸ができるが速度が遅く、航続距離も短かかった。対して通常の固定翼機は垂直離着陸はできなかった。もしヘリコプターの利点である垂直離着陸と固定翼機の利点である長い航続距離や高速などが両立できれば非常に有用であり、アメリカ軍は第二次世界大戦直後から両者の利点を持ち合わせた航空機(大戦中にもF5Uの原型機の試験飛行まで漕ぎ着けている)を欲しがっていた。
そのため1950年代半ばからXV-3やXV-15などのティルトローター機やティルトウィング機の実験が幾度となく行われていた。そしてティルトローター機の実現に向けて本格的に立ち上げた計画がJVX計画である。
V-22は1982年に発表された4軍共同の統合先進垂直航空機(JVX)の名称で開発された。JVXはヘリコプターの特性と固定翼機の性能を持ち合わせる航空機を開発する計画であり、開発する航空機はティルトローター機でなければならないと定められているわけではなかった。しかし実際のところはティルトローター以外の選択は現実的ではなく実質ティルトローター機の開発計画と言えた。当初は陸軍が中心として開発されていたが後に海軍中心に変更された。
JVXは、以前にもティルトローターの実験機を開発していたベル社と、H-47などの大型ヘリを開発していたボーイング社の共同開発となった。電子機器類や胴体部分をボーイング社が受け持ち、その他の部分をベル社が受け持つこととなった。
1985年にはJVXで開発する機体の名称がV-22 オスプレイと決定され、1986年5月2日には全規模開発(FSD)が認められ6機の試作機が製造されることとなった。
試作機は1、3、6号機がベル社で2、4、5号機がボーイング社で組み立てられることとなり、初飛行は1988年、量産型の引渡しは1991年ごろと予定された(その後予算削減で6号機は中止された)。しかしSDI計画や先進戦術戦闘機 (ATF) 計画(後のF/A-22)などに比べ優先度が低く、予算の削減が行われた影響で初飛行は遅れ1989年の3月19日となった。
1989年12月には国防長官が予算削減の一環として開発の中止を発表するが、その後の審査の結果計画は続行されることとなった。その後何度か計画の中断が予定されたが結局中止となることは無かった。
V-22は何度も墜落事故を起こしている。1回目の墜落は1991年6月11日で試作5号機が初飛行後数分で墜落した。搭乗員二名は脱出したため軽傷ですんだが機体は失われてしまった[1]。この墜落は配線ミスが原因であった。2回目の墜落は1992年7月で試作4号機が飛行試験中エンジンから出火し墜落、乗っていた7名全員が死亡した。この墜落の影響でFSD機が全機飛行停止となった。この2つの事故はいずれもV-22自体の欠陥であり量産機では改良が加えられることとなった。この事故によって試作機5機のうちの2機が失われてしまい計画に影響を与えることとなった。
このような事故もあったが、V-22は1994年に量産が認められた。1996年には低率初期生産(LRIP)が承認され、5機の生産が決定した。1999年4月には初号機が初飛行し、2000年までには艦上運用試験などが実施された。