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宇多田ヒカル
宇多田ヒカル, 2004年
基本情報
出生名宇多田光
別名ヒッキー (Hikki)
出生日・地1983年1月19日(25歳)
血液型A型
学歴コロンビア大学中退
出身地 アメリカ合衆国
ニューヨーク州
ジャンルJ-POP
R&B
職業シンガーソングライター
編曲家
活動期間1998年 -
レーベルEMIミュージック・ジャパン
事務所U3MUSIC
公式サイト ⇒Hikki's WEB SITE
表・話・編・歴
宇多田 ヒカル(うただ ひかる、1983年1月19日 - )は、日本の女性シンガーソングライターである。本名:宇多田 光(読みは同じ)。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身[1]。レコード会社は主にEMIミュージック・ジャパン。所属事務所はU3MUSIC[2]。愛称はヒッキー(Hikki)[3]。
目次
1 来歴
1.1 1993年?2000年
1.2 2001年?2003年
1.3 2004年?現在
2 使用機材
3 人物・プロフィール
4 ディスコグラフィ
4.1 シングル
4.1.1 その他
4.2 アルバム
4.3 コンピレーション・アルバム
4.3.1 その他
4.4 VHS/DVD
4.5 DVDシングル
5 参加作品
6 コンサート
7 出演
7.1 テレビ
7.2 ラジオ
7.3 テレビCM
7.4 アニメ
8 書籍
9 タイアップ一覧
10 脚注
11 関連項目
12 外部リンク
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米国居住時代の1993年、U3(父:宇多田照實と母:藤圭子とのファミリーユニット)名義で『STAR』を発表。また同じく米国で1997年にCubic U(宇多田家の3乗の意味)としてソロシングル『Close To You』とアルバム『Precious』を発表。[4]
1997年秋、東京のスタジオでレコーディングをしていたところ、隣のスタジオにいたディレクターの三宅彰[5]の目にとまり、日本デビューを持ち掛けられるが、アメリカでCubic Uとしてソロデビューを控えていたため、当初は戸惑ったが三宅の熱心な説得により1998年1月28日に『Precious』を日本で発売し、12月に"宇多田ヒカル"としてデビューすることになった。
1998年12月、宇多田ヒカルとしてシングル『Automatic / time will tell』でデビュー。プロモーションはラジオ出演のみだったが、FMラジオや外資系CDショップのプッシュから一気に人気に火がつきデビュー曲はいきなりミリオンセールスを記録。その結果、宇多田が15歳の若さで作詞作曲を手がけていること、アメリカで生活していた帰国子女であることや、かつての演歌歌手・藤圭子の娘だということなど、メディアが騒ぎ立てた。
1999年3月、1stアルバム『First Love』を発売。日本で860万枚以上(オリコンの売り上げデータは765万枚)、国外を含めると990万枚以上を出荷し、国内アルバム売り上げ史上歴代1位の超メガヒットとなる。この年に帰国し、活動拠点を日本に移す。それまでラジオ以外メディア露出はほとんどなかったが、6月18日の『ミュージックステーション』(26.5%)を皮切りに、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(28.5%)『SMAP×SMAP』(33.5%)などのテレビ番組にも出演。いずれも番組最高視聴率を記録(『SMAP×SMAP』は当時の最高視聴率)。
2000年7月、初めての全国ツアー「BOHEMIAN SUMMER ?宇多田ヒカル Circuit Live 2000?」を開催(ツアータイトルの由来はQueenの名曲ボヘミアン・ラプソディより)。