UNIX (ユニックス) とは、マルチタスク、マルチユーザー機能を有するオペレーティングシステム (OS) の一種、またはこれから派生した一連のOSの総称である。UNIXシステムの系統図
目次
1 概説
2 歴史
2.1 UNIX黎明期
2.1.1 Multicsプロジェクトからの撤退
2.1.2 UNIXの開発始まる
2.1.3 UNIX完成
2.2 UNIXの普及と展開
2.2.1 BSD系UNIX
2.2.2 V7系UNIX
2.2.3 オープンソース系UNIX
2.2.3.1 GNU/Linux
2.2.3.2 オープンソース系BSD
3 UNIXの商標
4 UNIXの定義
5 主なUNIX系OS
5.1 フリーなもの
5.2 フリーではないもの
6 UNIX環境を提供するソフトウェア
7 関連項目
8 外部リンク
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主に企業や教育機関における研究で、または安定性や高い情報セキュリティが要求されるサーバを提供する目的で使われる。
ミニコンピュータ(ミニコン)やワークステーション用のOSとして広く採用され、メインフレームの一部やスーパーコンピュータにも用いられている。1990年代の80386発売以降、Linux、FreeBSDなどの『PC-UNIX』の公開、および、アップルのMac OS XのコアとしてUNIXが採用されたことにより最近では個人レベルで使用されることも多くなった。
現役のOSとしては比較的長い歴史を持ち、優れたパフォーマンス、堅牢性を持つ。
UNIXの中核を成すカーネルは大部分がC言語で記述されている。その結果、異なるプラットフォームに対する移植性が高いこと、また、可読性が高いため、機能の改変を行なうことが比較的容易なことで知られている。
1960年代に、マサチューセッツ工科大学、ゼネラル・エレクトリック(GE) 及び、当時AT&Tグループに属していたベル研究所により、GE-645上で動作することを目的としたOSである Multics (Multiplexed Information and Computing System) の開発がなされた。しかしMulticsは製品版として完成したが、巨大で複雑になりすぎたためにパフォーマンスが大変悪かった。その結果、ベル研究所はMultics開発プロジェクトから撤退することになった。
一方ベル研究所の研究員であり、Multics開発プロジェクトの一員であったケン・トンプソンは、Multics開発に携わりながら、世界で初めて不特定多数の人に遊ばれたテレビゲーム「スペースウォー!」をGE-645上に移植すべく、Space Travelというゲームを開発していた。しかしこのゲームはGE-645上で動作させるにはコストが高く、実際にパフォーマンスもあまり良くなかった。
そのためトンプソンは、同じベル研究所に所属していたデニス・リッチーの力を借りて、ベル研究所ですでに使用されなくなっていたDEC社製のシステムであるPDP-7上に、アセンブリ言語を用いてこのゲームを移植した。
このゲームの移植の経験とMulticsの開発経験が結びつき、トンプソンは新しいOSの開発プロジェクトを開始する。このプロジェクトの名前はUNICS (Uniplexed Information and Computing System) であり、後に、UNIXプロジェクトと改称された。Multicsでの失敗に基づき、UNIXの開発はシンプルで独立したモジュール群で構成することを目標としていた。この事は、Multicsのmulti(複)に対してuni(単)という意味がUNIXの名称に込められていることからもわかる。
この時点ではまだベル研究所からの資金的な援助はなかったが、ベル研究所のComputer Science Research Groupが、PDP-7より大きいシステムでのUNIXの動作を望んだため、トンプソンとリッチーはテキスト出力能力を持つUNIXをPDP-11/20上で実現することを約束し、ベル研究所から資金的な援助を得ることとなった。
そして1970年代最初にUNIXはPDP-11/20上で動作するようになり、また、テキストエディタであるedと、テキスト出力用ソフトウェアroffがアセンブリ言語で実装された。