UHFアニメ

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1998年4月 - 1999年9月

ポケモンショックに巻き込まれる形で表現規制が先鋭化し、“萌えアニメ”の表現が極めて困難になったテレ東を敬遠して向かった先が、アニメ表現についての規制が緩かった独立U局であった(在京4大キー局の深夜アニメ枠は各局共にテレ東と比べると現在でも少なめである)[14]

しかし、この時期の独立U局のアニメ枠は極めて限定されたものであり、しかも枠としても不安定なものであった。その上放映されるアニメは、深夜に放映されるUHFアニメとしては最初の『LEGEND OF BASARA』を除き、アダルトゲームを原作としたもので占められていた[15]。つまり、アダルトゲーム業界側から安価なメディアミックスの場として利用されていたという色合いが非常に強い状態であったということである。この時期のラインナップ全体から生じるイメージは、その後のUHFアニメのジャンル確立に大きな影響を残す事となる。

ネット局は関東圏・関西圏では独立U局、中京圏ではテレビ愛知、そのほかテレビ東京系列各局などであった。

また、1998年には在阪準キー局毎日放送 (MBS。JNN) 制作の『銀河漂流バイファム13』が、現在多く見られる『関東圏は独立U局、関西圏は広域準キー局、中京圏は広域基幹局の組み合わせで放送』[16]と言う、『広義のUHFアニメ』の放映形態の先鞭を付けた。


1999年10月 - 2001年3月

この時期は、WOWOWノンスクランブル枠アニメの全盛期にあたり、多くの枠数を活かした多種多様なジャンルのアニメが放映されていた。一方、この時期におけるUHFアニメの放送は皆無であり、それどころかWOWOWで放映されたアニメを再放送するという事例さえあった。それは、かつてのキー局のアニメにWOWOWのアニメを加えた形での“再放送の下請け”という位置付けに甘んじていた状態ともいえる時期であった。もっとも、この1999年は『THE ビッグオー』『鋼鉄天使くるみ』など、評価の高い作品がWOWOWから送り出された年で、UHFでのWOWOWアニメ再放送も未見のアニメファンからは高評価を得ることにはなったのである。


2001年4月 - 2002年3月

この時期は、UHFアニメにとっての重要な転換期にあたる。

それは、それまでWOWOWで放送されていた『アニメコンプレックス』枠作品が、WOWOWでの放送枠獲得競争で弾き出された格好で『アニメコンプレックスNIGHT』としてリニューアルし、独立U局に移動してきたということにある。WOWOWノンスクランブル枠作品の黎明期を支えた当枠作品が、新たな活動の場を独立U局に見出したという事実は、その後のWOWOWアニメの一時的衰退[17]の予兆であったとする意見が多い。

また、2001年4月には『こみっくパーティー』の放映も開始された。このアニメはアダルトゲームを源流(直接の原作は全年齢向けのDC版ゲーム)のアニメ化作品ではあったが、かつて放映されていた同種のUHFアニメとは異なり、筋の通ったストーリーを有する本格的なアニメ作品であった。そのためこのアニメは単なるアダルトゲーム業界側からのプロモーション的なアニメを超えたものとなっており、『アニメコンプレックスNIGHT』枠とともにUHFアニメの新しい可能性を提示することとなった。

さらに、2001年10月には、UHFアニメ初のオリジナルアニメである『ナジカ電撃作戦』の放映が開始された。このアニメは派手なアクションとパンチラを中心としたお色気を特徴とする作品であり、上記の『アニメコンプレックスNIGHT』で放映された『鋼鉄天使くるみ2式』と共に、お色気を重視したアニメとしてのUHFアニメという性格付けに大きな影響を及ぼすこととなった。


2002年4月 - 12月

2002年4月から、『アニメコンプレックスNIGHT』枠にて『りぜるまいん』の放映が開始された(実写ドラマ作品『鋼鉄天使くるみpure』と併映)。この『りぜるまいん』は主人公の少女が繰り広げる、他の放送局では真似できない水準のお色気描写を売りにした作品であり、UHFアニメの在り方を決定的にした作品であった。なお、同時期には『シスター・プリンセス』と並び称される企画モノのハーレムアニメである『HAPPY★LESSON』の放映も開始されている。

また、2002年7月には、その後UHFアニメの主要スポンサーの一つとなる東芝デジタルフロンティアが参加して製作されたUHFアニメの第一作である『円盤皇女ワるきゅーレ』の放映も開始された。東芝はこの時期に、手堅い収益の見込めるマニア向けコンテンツ産業に参入するべく、子会社を通じ活動を活発化させていたところであったが、その東芝が活動の場としてUHFアニメを選んだということは、その後のUHFアニメの発展に大きく寄与することとなった[18]

他方、2002年8月には、『プリンセスチュチュ 卵の章』の放映が開始された(この作品でメ?テレ(NBN。ANN)がUHFアニメを初ネット)。この作品は上記の『円盤皇女ワるきゅーレ』とともにキッズステーションが再配信することを前提として製作されたものであり、ここにおいてUHFアニメをCS放送と同時に展開するというモデルが定着した。なお、この作品は一部局では深夜帯ではなく週末の日中に放映されている。

このように、UHFアニメはポニーキャニオンm.o.e.)、東芝(東芝エンタテインメント)、キッズステーションと、次々に有力な後ろ盾を得て、安定的に30分枠2つをアニメ枠として運用することができるようになったのである。

一方、この時期はWOWOWノンスクランブル枠アニメの衰退が著しく、前述の『フルメタル・パニック!』及びそれに続く『G-onらいだーす』以降、6か月にわたりノンスクランブル枠のアニメが消滅するという事態となった。また、その後もノンスクランブル枠アニメの退潮傾向に歯止めはかからず、これが再び増加に転じるには2005年7月まで待たねばならなかった。


2003年1月 - 2004年12月

安定した放映枠を獲得することに成功したUHFアニメは、2003年1月に往時のWOWOWに匹敵する5つの枠に増加し、アニメ番組として大幅な発展を遂げることとなった。

まず、前述の『THE ビッグオー』の続編である『THE ビッグオー 2nd Season』がUHFアニメとして放映された。また、黎明期にUHFアニメを利用して製品のプロモーションを行っていたエルフによるメディアミックス展開の一環として『らいむいろ戦奇譚』がアニメ化され放映された。さらに、『ナジカ電撃作戦』を制作したスタジオ・ファンタジアによるオリジナルアニメ『ストラトス・フォー』も放映されており、UHFアニメが多種多様なジャンルを持つアニメとして定着することに成功した時期でもあった。この時期以降、UHFアニメは加速度的に増加し、発展していくこととなる。



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki