前線に降下するアメリカ軍のUH-1ヘリコプター
用途:汎用ヘリコプター
製造者:ベル・エアクラフト社
運用者
アメリカ(アメリカ陸軍)
日本(陸上自衛隊) 他
初飛行:1956年10月22日
生産数:16,000機以上
生産開始:1959年
運用状況:現役
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UH-1(UH-1 IROQUOIS・イロコイ、愛称:HEUI・ヒューイ)は、アメリカのベル・エアクラフト社が開発した汎用ヘリコプターである。アメリカ陸軍に採用され、ベトナム戦争などで活躍し、大量生産された。また、アメリカ空軍も過去に使用している。現在は後継機種のシコルスキーUH-60 ブラックホークに置き換えがすすんでいるが、日本の陸上自衛隊を始めとする多くの国々では現役である。
目次
1 概要
2 海外展開
2.1 イタリア
2.2 日本
2.3 その他の使用国
3 UH-1の要目
4 UH-1D 仕様
5 派生型
6 登場作品
7 関連項目
8 外部リンク
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概要南ベトナムに展開するアメリカ軍のUH-1UH-1Jのコックピット
UH-1は西側のヘリコプターとしては最大の1万機以上の生産数を誇る汎用ヘリコプターである。後方スライド式大型ドアをキャビン両側に持ち、その後に燃料タンク、その真上にタービンエンジンというタービンヘリの標準形を作り上げた機体。ローターはベル社伝統の安定棒付き2枚ブレード。一般的によく使われる愛称の「ヒューイ」は部隊配備当初の型番HU-1の1を英文字のIと見做し「HUI=ヒューイ」と読んだことに由来する。
1955年に開発が始まり、1956年に原型機XH-40が初飛行した。米陸軍で採用されたが、全く新しい兵器である小型汎用ヘリコプターを活用する方法をなかなか生み出せず、活躍の機会は無かった。UH-1は開発費を回収できず、ベルは苦境に立たされてしまい、倒産寸前となっていた。しかし、1960年代にベトナム戦争が拡大すると、陸軍は機動性の優れたUH-1を重用し、多くの兵士の輸送に使用した。そのため、ベルに大量の発注が行われ、経営を立て直すことができた。しかしベトナムでの損失数は数千機以上と計り知れない。
ヒューイ・シリーズはUH-1B、UH-1D、エンジンを強化、キャビンを15人乗りに拡大したUH-1Hと発展、戦後は民間機として204Bと205Aが造られ、現在に至る。民間の205を軍用救難ヘリとしたHH-1Hは1971年?1973年に30機がデリバリーされ、HH-43に代わる基地救難機として配備された。また、UH-1の機関系を基にベルが製作した攻撃ヘリコプターがAH-1 コブラである。
2枚ローターの場合ローターヘッド形式が、半関節型のために、マイナスGによる機動制限がある。これは、強いマイナスGのかかる機動では、ローターヘッドが浮き上がりマストが破壊されるマストバンピングが発生するため。急激な頭下げ動作や、起伏の激しい山の稜線に沿って飛ぶ機動が、制限されるという側面もある。(設計と採用者側の問題)
米国海兵隊では、海上を飛行する際の安全性を考慮して双発が要求された。このため、ベル社はベル 212を提案、軍用としてUH-1Nが開発された。その後、このベル212を強化する形で、カナダ政府の協力を得てベル 412が開発された。エンジンが強化された他、ローターが2枚から4枚に変更となり、武装バージョンも製造された。
イタリア
イタリア
イタリアの航空機メーカー、アグスタ社では民間型205をAB205Bとして長年ライセンス生産を行い、イタリア国内と共に、ベル社との生産・販売協定によって分担された中近東やアフリカ諸国に輸出された。また、212型もAB212と名づけて生産した。AB212には本家の米国には存在しない対潜ヘリコプターバージョンも開発され、イタリア海軍・陸軍で使用された他、イランなどにも輸出された。双発・4ローターの412型もAB412 グリフォーネと命名し、生産している。
日本
日本
展示される陸上自衛隊のUH-1JUH-1Jから降下する陸上自衛隊員
日本では富士重工業が1962年(昭和37)から陸上自衛隊向けにUH-1Bのライセンス生産を行い、1972年(昭和47)までに90機を納入した。同年からは大型化したUH-1Hに切り替え、1991年(平成3)までに133機を納入、民間型のB204も販売した。