U-2
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U-2 ドラゴンレディ

Lockheed U-2

用途:高高度偵察機

設計者:クラレンス・ジョンソン

製造者:ロッキード

運用者:アメリカ空軍

初飛行:1955年8月1日

生産数:35機

運用開始:1957年
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U-2はロッキード社の開発チーム・スカンクワークスが同社のF-104をベースに開発し、アメリカ空軍CIAに採用された高高度偵察機。初飛行は1955年。公式ではないが、ドラゴンレディ(Dragon Lady)という愛称がある。また、その塗装から「黒いジェット機」の異名もある。
目次

1 概要

2 特徴

3 U-2撃墜事件

4 エピソード

5 スペック(U-2S)

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概要

オリジナルのU-2はCIA資金により、ロッキードが開発した高高度スパイ偵察機であり、1955年8月4日1号機が進空したのに続いて計55機生産され、冷戦時代のアメリカにとって貴重な情報源となった。

U-2は細長い直線翼を備え上空25000mもの高高度を飛行し、偵察用の特殊なカメラを積み、ソ連など共産圏の弾道ミサイル配備状況をはじめとする機密情報を撮影した。その長大な主翼と機首形状の違いから受ける印象が強烈で、原型がF-104であるとは想像し辛いが、胴体形状はほぼ同一である。これは両機の線図を比較してみれば一目瞭然であろう。その並外れた高高度性能は、撃墜されないよう敵機が上昇し得ない高高度を飛行するためのものだが、後に対空ミサイルの発達により撃墜されるようになってしまった。そのため高速を以て敵機およびミサイルの迎撃をかわす偵察機として、ロッキード社のスカンクワークスによりSR-71が造られるようになる。Lockheed U-2

当初、U-2はCIAとアメリカ空軍で使用されていたが、1970年代にCIAはU-2の運用を取りやめたため現在ではアメリカ空軍のみで運用されている。戦闘機や地対空ミサイルが高性能強化された現在、高危険度地域の強行偵察は不可能といっていいが、電子/光学センサー(搭載量約1.36トン)の進歩は著しいものがあり、直接敵国上空を飛行しなくとも、かなりの情報収集が可能になっている(敵国の付近を飛ぶだけでも、通常高度500~600kmの低軌道に位置する偵察衛星に比べれば遥かに近距離であり、より精度の高い情報収集が可能である)。そのため後継機であるSR-71が退役した現在も、湾岸地域やボスニアでは有力な情報収集手段となっており、現役で活躍中である。このためアメリカ空軍はコクピットを始めアビオニクスやエンジンをF118-GE-101(推力8390kg)に換装した性能向上型U-2Sへの改修計画を進めている。

またNASAではその特殊性から研究機ER-2として、大気の測定などに使用されている。


特徴NASAの研究機ER-2の離陸。車輪が胴体だけにあるのがわかるU-2とスーツを着たパイロット

U-2は高度25,000m以上と成層圏を飛行することができる。旅客機は通常10,000m程度なので、その2倍以上ということになる。外観は誘導抵抗を減らすためのグライダーのような縦横比の大きな主翼形状が特徴で、揚抗比(揚力と抗力の比率)は20以上であり、軽量化と非常に小さな空気抵抗により目的の性能を生み出している。

U-2は軽量化を徹底した末、車輪が胴体前部と後部の2箇所にしかなく、離陸時には翼の両端に地上から離れるときに取れる補助輪をつけ滑走し、着陸時には車がU-2と並走し翼が地面につかないよう指示を出し十分に低速になったところで翼端を地面にすりつけ着陸し、その後補助輪を装着され滑走路から移動を行う。また高高度を飛行中の最大速度と当該高度における失速速度の差はわずか時速18kmであり、もっとも操縦の難しい軍用機とされている。

またその徹底した軽量化は、同時にU-2の弱点も生み出している。後述のU-2撃墜事件では、ソ連軍の放ったS-75 地対空ミサイルが付近で爆発した際の爆風で機体が破壊され、墜落した。これは地対空ミサイルの威力が強かったのではなく機体外壁がとても薄く作られていたため、衝撃波に耐えられなかったためである。

またそれを証明するように、高高度から墜落したにも関わらず、機体は、大破と言うよりは潰されたような形で発見された。軽量で大柄な機体のために空気抵抗が大きくなり、落下速度があまり速くならなかったためである。

もうひとつの特徴として、パイロットは高高度を飛行するため、特殊な与圧スーツを着用する。それはまた高高度で脱出する際になくてはならない装備でもある(このスーツのヘルメットには数個の穴がありそこからチューブ状の食料をヘルメットを脱がずに食事をすることができる)。報道によればこのスーツは宇宙服であり、違いは色と生命維持装置が直接付いているかいないか及び宇宙空間での推進機が無いだけである(週刊『ワールドエアクラフト』より)。


U-2撃墜事件U-2撃墜事件で撃墜された機体の残骸

U-2を語る上でよく出てくる話としてU-2撃墜事件が挙げられる。1956年6月からソ連領空を飛んで偵察を行うようになった。U-2はソ連防空軍MiG-19Pなどの迎撃戦闘機による邀撃をたびたび受けていたが、1950年代末にSu-9迎撃戦闘機が配備されるまでは、ソ連にはU-2に有効な攻撃を与え得る高度に達することのできる戦闘機は存在しなかった。その一方、ソ連ではU-2を撃墜するために新型の地対空ミサイルも開発していた。1960年5月1日にはソ連領空内にCIA所属のU-2偵察機が領空侵犯をし偵察飛行をしていたところ、S-75地対空ミサイルによる迎撃を受け、U-2はついに撃墜された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki