Tu-16R長距離偵察機
用途:爆撃機
製造者:ツポレフ設計局
運用者
ソビエト連邦(ソ連空軍、ソ連海軍航空隊)
ロシア(ロシア空軍ロシア海軍航空隊)
エジプト(エジプト空軍)
インドネシア(インドネシア空軍)
イラク(イラク空軍)
初飛行:1952年4月27日
生産数:1509機
運用開始:1954年
運用状況:現役
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Tu-16(ツポレフ16;ロシア語:Ту-16トゥー・シスナーッツァチ)は、ソ連のツポレフ設計局が開発した双発の軍用機である。ソ連初のジェット爆撃機となった。NATOコードネームでは「バジャー」(Badger)と呼ばれた。
目次
1 概要
2 スペック
3 派生型
4 中華人民共和国での派生型
5 運用国
6 関連項目
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1940年代後半から開発が開始され、1952年に初飛行し、1954年には実戦配備が始まった。翌1955年に赤の広場で行われた航空記念パレードで赤の広場上空を飛行した。西側諸国にとっては、これが最初のTu-16の確認となった。
Tu-16では、エンジンを主翼の根元に埋め込み式で取り付けるという方法が採られた。また、K-10S空対艦ミサイルを運用するようになったミサイル爆撃機型であるTu-16K-10からは、能力向上のために機首にレドームが装備されるようになった。
主翼の後退角は、内側で41度、外側で37度となっている。主翼にバルジを装備し、主脚はそこに収納する。
初期の生産型は通常爆弾を搭載する爆撃機で空軍向けであった。最大の生産数を誇ったTu-16Aは、核兵器運用型であった。これに加えて、電子戦機型や、海軍航空隊向けの対艦ミサイルを搭載するミサイル爆撃機型や、海上哨戒型も開発された。また、Tu-16の機体設計をもとに民間旅客機としてTu-104が開発された。これは、世界で2番目のジェット旅客機となった。
Tu-16各型はソ連の空軍や海軍航空隊で運用され、第三次中東戦争やアフガニスタン侵攻やイラン・イラク戦争などに活躍し、アジアや中東、アフリカの各国へ輸出され、長く使用された。
また、ツポレフ製の爆撃機としては戦後最も生産数が多かった機体で、1963年に生産が終了するまで1500機が生産された。そのため、多くの機体が運用されていたため、冷戦時代には日本近海を飛行するTu-16に対して航空自衛隊の戦闘機がスクランブル発進する事態が日常的に発生した。海上自衛隊の艦船に異常接近する場合もあり、中には護衛艦の目の前で墜落した機体もあった。
また中華人民共和国では西安航空機工業公司によって生産もされ、轟炸六型(H-6)と命名された。これをもとに改修された空中給油機型である轟油六型(HY-6)も含め、中国人民解放軍空・海軍では半世紀近くも現役である。
スペックTu-16 三面図
最大速度:1,050 km/h
航続距離:7,200 km
実用上昇限界:12,800 m
全長:34.80m
全幅:32.99m
高さ:10.36m
自重:75800kg
エンジン:ミクーリン AM-3 M-500 ターボジェットエンジン双発
武装:23mm機関砲×7、対艦ミサイル×2
派生型Tu-16K-10長距離ミサイル爆撃機KSR-5空対艦ミサイルを搭載したTu-16K-10-26長距離ミサイル爆撃機Tu-16K-10-26長距離ミサイル爆撃機Tu-16R長距離偵察機
≪88≫ - 原型機および生産前機。原型機は別名「Tu-88」、「N型航空機」とも呼ばれた。
Tu-16 - 通常爆撃機型で、中距離爆撃機として開発された。自由落下爆弾を最大9トン搭載可能。
Tu-16A - 戦略爆撃機として開発された核兵器運用型。453機が生産され、この生産数はシリーズ中最多となった。