1998年に清和会が清和政策研究会に名称を変更したのは承知していますが、ここのテンプレートでは、下記の理由により、「清和会支配」と記述することを提案します。
テンプレートの左端の表記は、時代の流れを簡便に把握できるよう、吉田学校とか三角大福とか、マスコミ等による呼称を中心としました。
マスコミでの呼称について、「清和会」と「清和政策研究会」を比べるに、例えばグーグルで検索すると、”清和会支配” に一致する日本語のページが約40,600件に対し、”清和政策研究会支配”に一致する日本語のページ約3,730件です。また、日経新聞の記事検索サイト(日経テレコン)で、清和会から清和政策研究会に名称変更された1999年1月1日~2008年1月13日期間を検索すると、”清和会”の当該記事は61 件 ”清和政策研究会”は25件、また朝日新聞の記事検索ソフト(聞蔵2)では、同期間の”清和会”は117件、”清和政策研究会”は23件です。よって、一般用例としては”清和会”が多用されています。
また、近々のマスコミ報道でも、「新キングメーカー「清和会」の死闘」(週刊文春2008年1月3日・10日特大号)、「4代連続で首相輩出! 清和会「傍流だからこそ」の強み 福田「政権」吉か凶か」(週刊朝日2007年10月5日号)、「負け組同好会の怨念力 清和会から4人連続首相輩出の「なぜ?」」(週刊アエラ2007年10月1日号)といった具合に、清和政策研究会を清和会と呼称するのが主流のようです。--ちゃんぴおん 2008年1月13日 (日) 18:18 (UTC)
更新日時:2008年1月13日(日)21:20
取得日時:2008/11/18 20:03