キューバ空軍のMiG-21bis LAZUR
用途:戦闘機
分類:前線戦闘機、多目的戦闘機
設計者: ミコヤーン・グレーヴィチ設計局
製造者:
運用者: ソ連(ソ連空軍)他
初飛行:1955年6月14日
生産数:10,000機以上
運用開始:1959年
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MiG-21(ミグ21;ロシア語:МиГ-21ミーグ・ドヴァーッツァチ・アヂーン;ウクライナ語:М?Г-21ミーフ・ドヴァーッツャチ・オドィーン)は、ソ連のミグ設計局が開発した戦闘機。多くの機数が生産され、世界各国に配備がされた。ソ連では三角翼機はしばしばその翼形からバラライカ(ロシアの弦楽器で、三角形の胴体が特徴)と渾名されていたが、MiG-21も例外ではなかった。北大西洋条約機構(NATO)は「フィッシュベッド」(Fishbed)というNATOコードネームを付けた。
目次
1 概要
1.1 開発
1.2 第1世代
1.3 全天候型への発展
1.4 第3世代への発展
1.5 第4世代
1.6 複座型
1.7 海外
1.8 運用
1.9 実戦
1.10 展望
1.11 近代化改修
2 主な派生型
2.1 ソ連/ロシア/ウクライナ/グルジア/インド/ドイツ/ブルガリア
2.2 ルーマニア/イスラエル/クロアチア
2.3 ユーゴスラヴィア/セルビア・モンテネグロ/セルビア
2.4 チェコスロヴァキア/チェコ
2.5 フィンランド
2.6 中華人民共和国/パキスタン
3 スペック
3.1 ソ連製
3.2 イスラエル/ルーマニア製
4 運用国
5 登場する作品
6 関連項目
7 外部リンク
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MiG-21は、ソ連において1950年代前半より開発された。開発に当たり、設計局では二つの系統の試作機を製作した。そのうち先に完成したYe-2(Е-2イェー・ドヴァー)は、MiG-15からMiG-17、MiG-19と受け継がれてきた後退翼を持った機体で、MiG-19から開発された後期の試作機とよく似た外見の機体であった。一方、もうひとつの試作機Ye-4(Е-4イェー・チトィーリェ)は、新しい水平尾翼つき三角翼を持った機体であった。これらMiG-21の初めの試作機であるYe-2とYe-4は、ともに1955年に初飛行を行った。その後同年には展示飛行を行い初めて公に姿を現したが、このときはスホーイ設計局で開発されていた2種類の機体も飛行を行った。これらは後退翼のSu-7と三角翼のSu-9に発展した。一方、MiG-19から正統的に発展した後退翼のYe-2は、改良型も製作されMiG-23(tip 23)という名称で量産されるという計画も出されたものの、結局は開発中止となった。
Ye-4の発展型であるYe-5(Е-5イェー・ピャーチ)は、1956年1月9日に初飛行を行い、その後MiG-21という量産機の名称が与えられた。次の改良型であるYe-6(Е-6イェー・シェースチ)は、1958年5月20日に初飛行を行った。また、Ye-6の3号機は1959年10月31日に15/25 kmコースにおいて2388 km/hという当時の世界速度記録を樹立した。その際の国際航空連盟への申請にはYe-66(Е-66イェー・シヂスャート・シェースチ)という名称が使用された。