GNU General Public License
GNUのロゴ
作者フリーソフトウェア財団
バージョン3
著作権者フリーソフトウェア財団
リリース日2007年6月29日
DFSGコンパチブルYes
フリーソフトウェアYes
OSIの承認Yes
GPLコンパチブルYes
コピーレフトYes
他のライセンスのコードとのリンクNo
表・話・編・歴
GNU General Public Licenseはコピーレフトのソフトウェアライセンスの代表的なものである。GNU GPLまたは単にGPLと略される。Free Software Foundation(以下FSF)によって公開され、維持されている。
目次
1 主な特徴
2 歴史
2.1 バージョン1
2.2 バージョン2
2.3 バージョン3
3 条項と条件
4 GPLの両立性
5 普及度
6 GPLに関連した議論
6.1 派生的著作物の取扱い
6.2 動的リンクの取扱い
6.3 その他の議論
7 GPLをめぐる訴訟
8 よくある誤解
9 GPL自体の著作権
10 脚注
11 関連項目
12 外部リンク
12.1 GPLv3の公開協議
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GPLは、プログラムの著作物の複製物を所持している者に対し、概ね以下のことを許諾するライセンスである。
プログラムの実行[1]
プログラムの動作を調べ、それを改変すること(ソースコードへのアクセスは、その前提になる)
複製物の再頒布
プログラムを改良し、改良を公衆にリリースする権利(ソースコードへのアクセスは、その前提になる)
GPLと、より制限の緩いフリーソフトウェア・ライセンス(BSDライセンスなど)との間の主な違いは、GPLが派生的著作物[2]についても、上記の4点の制約を保存しようとする点である。この仕組みはコピーレフトと呼ばれ、GPLでライセンスされた著作物は、派生的著作物に対してもGPLでライセンスされなければならない。これは、BSDライセンスが、派生的著作物を独占的なものとして再頒布することを許しているのとは対照的である。
GPLは1989年にリチャード・ストールマンによって、GNUプロジェクトのソフトウェアの配布を目的に作られた。
当時、ストールマンはマサチューセッツ工科大学人工知能研究所で Symbolics社製の Lispマシン で動くソフトウェアを開発していたが、ストールマンが Symbolics 社に対して提供したソースコード(ストールマンが作ったものであるが、パブリックドメイン版であるもの)の改変版について、同社が著作権を根拠にソースコードを開示しなかったことに腹を立て GPL を思いついたといわれる。初期のGNU Emacs は GPL と似通ったライセンスを使っていた。
ストールマンは、ソフトウェアに対する自由とは何かという問題を提起し、その答えのひとつを提示した。有用で自由なソフトウェアを(有償や無償で)配布したという単純な意味だけでなく、ソフトウェアは自由であるべきという思想が存在することを認知させたという意味で、意義がある。
GNUプロジェクトの一部としてリリースされたプログラムに使うため、リチャード・ストールマンによりGPLが執筆された。初期のGNU Emacs、GNUデバッガ、GNU Cコンパイラで使われていた同様のライセンス群を統合したものが、その元になっている。これらのライセンスには、現在のGPLと同様の条項があるが、各プログラムに限定されていたので、同じライセンスであっても互換性がなかった [3]。 ストールマンの目標は、あらゆるプロジェクトで使える、すなわちコード共有のため多くのプロジェクトで使えるライセンスの作成であった。これは、1989年1月にリリースされたGPL初版となった。
1990年までには、一部のソフトウェア・ライブラリに対して制限の緩いライセンスのほうが戦略的に有効なことが、明らかになってきた。