NASAのF-104
用途:戦闘機
分類:要撃機
設計者:スカンクワークス
製造者:ロッキード社
運用者
アメリカ(アメリカ空軍)
イタリア(イタリア空軍)
カナダ(カナダ空軍)
デンマーク(デンマーク空軍)
西ドイツ(西ドイツ空軍・西ドイツ海軍)
トルコ(トルコ空軍)
日本(航空自衛隊)
ノルウェー(ノルウェー空軍)
パキスタン(パキスタン空軍)
台湾 (台湾空軍)
初飛行:1954年
運用開始:1958年
退役:2004年(イタリア)
運用状況:退役
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F-104 は、ロッキード社で開発されたアメリカ合衆国初のマッハ2級のジェット戦闘機である。愛称はスターファイター (Starfighter)。初飛行は1954年2月。日本の航空自衛隊では栄光という愛称を持つほか、日本のファンの間では「マルヨン」の愛称で親しまれる。 F-100 スーパーセイバーを起点とするセンチュリーシリーズに含まれる一機種である。
目次
1 機体概要
2 開発の経緯
2.1 記録
2.2 愛称
3 配備と運用
3.1 米空軍
3.2 欧州
3.3 日本
3.4 アジア・中近東
4 スペック(F-104C)
5 派生型
5.1 その他発展型
5.2 戦略偵察機
6 登場作品
7 関連項目
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細い胴体に、短い矩形の主翼がついている。インテイクは胴体脇にショックコーンとともについており、切り詰められた小型軽量の機体に強力なエンジンを搭載した機体である。尾翼はT字尾翼となっている。
朝鮮戦争において、ソ連製のMiG-15戦闘機の活躍に触発されたアメリカ軍は、出来る限りの軽量な機体に強力なジェットエンジンを搭載し機動力と高速性を高めた戦闘機を要求し、ロッキード社の設計者、クラレンス(ケリー)・ジョンソン率いる設計チームスカンクワークスが開発に当たった。
アメリカ空軍からの迎撃戦闘機の開発要求は1952年5月から求められており、1953年3月12日にXF-104が2機発注された。1954年3月4日に初飛行が行われている。1954年3月30日にエンジンをYJ79-GE-3に換装・強化したYF-104が17機発注されている。YF-104は1955年4月27日にマッハ2を記録している。
1958年5月18日にF-104Aが2,260km/hの速度記録を、1959年12月14日にF-104Cが31,500mの高度記録を作った。
登場時はアポロ計画など宇宙開発の進行やSFの影響で、将来の戦闘機は自律制御コンピュータが搭載されパイロットは無用になる、との見方があった。そのためか、日本では最後の有人戦闘機とも呼ばれた。これはultimate manned fighterを訳したものだと言われているが、正しい和訳は究極の有人戦闘機である。日本ではかなり有名な表現だが、英語圏ではこのような表現はほとんどされていないらしく、少なくとも、 ⇒英語版wikipediaのF-104にはそのような表現はない。なお、the last of the day fighters//最後の「昼間戦闘機」との表現はある。
これはロッキード社の副社長が来日したおりの記者会見で「これ以上のものは有人では無理である」との発言を捉えたものだと云われる。誰しもにそう思わせるようなラジカルな姿態の戦闘機だった。
なお、「最初の無人戦闘機F-99ボマークと対をなして呼ばれた」との説もある。
日本では三菱重工業がライセンス生産しており、細い胴体に極端に小さな主翼という形状から、空自の現場では「三菱鉛筆」の愛称もある。