1950年10月1日国鉄ダイヤ改正(‐こくてつだいやかいせい)では、日本国有鉄道(国鉄)が1950年(昭和25年)10月1日に実施したダイヤ改正について記述する。
目次
1 ダイヤ改正の背景
2 改正の内容
2.1 特急「つばめ」・「はと」のスピードアップ
2.2 急行列車の愛称
2.3 電車の優等列車への使用開始
3 関連
//
1947年(昭和22年)6月に全国各線で急行列車・準急列車が設定されて以降、国鉄の復興はようやく軌道に乗り始めた。
前年の1949年(昭和24年)9月に特急列車が復活するダイヤ改正が実施された後も、国鉄の復興への動きは加速していき、この年3月1日には湘南電車と呼ばれた80系電車が運転を開始したりと、次第に輸送体制も安定して余裕もできつつあった。
そんな中で実施されたのがこのダイヤ改正である。これは戦時ダイヤからの決別を図ったもので、全国各線で列車の増発とスピードアップが行われ、更には電車が優等列車へも進出し始めた改正として特筆できるものである。
前年9月に「へいわ」として運転を開始し、この年元旦から「つばめ」と改称していた東海道本線の特急列車は好評であったため、この年5月11日に姉妹列車として「はと」が新設された。しかし、運転開始当初はまだ線路などの復旧が十分でなかったことなどから、戦前の最速列車「燕」よりも1時間遅い9時間で結ぶ事にした。その後、8月29日に試運転が行われて問題がないことが判明したため、この時より「つばめ」・「はと」は戦前同様に東京駅〜大阪駅間を8時間で結ぶようになった。
前年に続き、再び急行列車のスピードアップと増発が図られる事になったが、それでも急行列車の速度はこれでようやく戦前の水準に戻ったといえるものであった。特急列車もそうであるが、戦争によって失ったものは多かったのである。
また前年9月に東京駅〜大阪駅間を結ぶ急行13・14列車1往復に「銀河」の名が付けられていたが、これは好評であり、更に列車の識別に好都合ということで、この改正に1ヶ月遅れた11月2日には幹線を走る13の急行に愛称が付けられる事になった。その愛称は下記の通りである。
11・12列車「明星」 東京駅〜大阪駅間運転
15・16列車「彗星」 東京駅〜大阪駅間運転
31・32列車「阿蘇」 東京駅〜熊本駅(筑豊本線経由)間運転
33・34列車「霧島」 東京駅〜鹿児島駅間運転
35・36列車「雲仙」 東京駅〜長崎駅(佐世保線・大村線経由)間運転
37・38列車「筑紫」 東京駅〜博多駅間運転
39・40列車「安芸」 東京駅〜広島駅(呉線経由)間運転
201・202列車「大和」 東京駅〜湊町駅・鳥羽駅間運転
201・202列車「みちのく」 上野駅〜青森駅(常磐線経由)間運転
203・204列車「北斗」 上野駅〜青森駅(常磐線経由)間運転
101・102列車「青葉」 上野駅〜青森駅(東北本線経由)間運転(仙台以北「みちのく」と併結)
501・502列車「日本海」 大阪駅〜青森駅間運転
601・602列車「北陸」 上野駅〜長野駅〜金沢駅〜大阪駅間運転
このダイヤ改正に5日遅れて東京駅〜伊東駅間で運転を開始した準急列車「あまぎ」は、前述した80系電車を使用した初の電車による優等列車となった。電車を用いることで、客車に比べて加減速が良くなったこともあり、例えば東京駅〜熱海駅間では今回のダイヤ改正でスピードアップした「はと」と同じ1時間29分で走破した。これは優等列車に電車を用いることの優位性を示す事になり、以後の電車特急「こだま」に至るまで影響を及ぼす事になった。