世紀:17世紀 - 18世紀 - 19世紀
10年紀:1760年代 1770年代 1780年代 1790年代 1800年代
年:1781年 1782年 1783年 1784年 1785年 1786年 1787年
西暦(グレゴリオ暦)1784年(せん ななひゃく はちじゅう よ ねん)は、木曜日から始まる閏年。
目次
1 他の紀年法
2 できごと
3 誕生
4 死去
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凡例
分類にある「日本」「中国」「中国周辺」「朝鮮」「ベトナム」は地域概念であり、特定の国家をさすものではなく、またその外延は便宜的に定めたものである。特に「*」の付された王朝の分類は仮配置であり、現在も「ガイドライン」のノートで対応を検討中である。
「中国周辺」は、「広義の北アジア、中央アジア、及びこれに隣接する中国の一部地域(ほぼ中央ユーラシアに相当)」を指す。
一段右寄せの箇条に掲げた元号は、その上段の元号を建てた王朝に対抗する私年号である。
仏滅紀元及びユダヤ暦は、現在のところ元年と対応する西暦年から逆算した数を表示しており、旧暦等の暦日の記述とともに確実な出典を確認していないので利用には注意されたい。
皇紀は日本で1873年の太陽暦採用と同時に施行された。
檀紀は大韓民国で1948年から1961年まで公式に使用された。
主体暦は朝鮮民主主義人民共和国で1997年から公式に使用されている。
仏滅紀元は紀元前543年を元年とするタイ仏暦を基準にしている。スリランカなどでは紀元前544年を元年としているので1を加算されたい。
干支 : 甲辰
日本
天明3年12月9日 - 天明4年11月20日
皇紀2444年
中国
清 : 乾隆48年12月9日 - 乾隆49年11月20日
朝鮮
李氏朝鮮 : 正祖8年
檀紀4117年
ベトナム
後黎朝 : 景興45年
西山朝 : 泰徳7年
仏滅紀元 : 2326年 - 2327年
イスラム暦 : 1198年 - 1199年
ユダヤ暦 : 5544年 - 5545年
ユリウス暦 : 1783年12月21日 - 1784年12月20日
できごと
2月6日 (旧暦) - 福岡藩の藩校修猷館(東学問稽古所)開館。
2月23日 (旧暦) - 「漢委奴国王」金印発見。
イマヌエル・カント、『純粋理性批判』第二版出版。
誕生
1月1日(天明3年12月9日)- 毛利斉熙、第11代長州藩主(+ 1836年)
1月2日 - エルンスト1世、ザクセン=コーブルク=ゴータ公(+ 1844年)
1月28日 - ジョージ・ハミルトン=ゴードン (第4代アバディーン伯)、イギリス首相(+ 1860年)
2月5日 - ウィリアム・テイラー・バリー、第10代アメリカ合衆国郵政長官(+ 1835年)
4月5日 - ルイ・シュポーア、作曲家(+ 1859年)