鴻巣市
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統計

面積:67.49km2

人口:119,737人

男性:59,510人

女性:60,227人


世帯数:43,575世帯

人口密度:1,774人/km2

(2007年2月1日現在、推計人口による)


隣接している自治体

北本市

南部で接している。当市が北本市東部を覆うような形で接している。高崎線国道17号旧中山道埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線)などで結ばれており、また、北本駅が鴻巣市境に近接している為、住宅地や市街地が一部市境にまたがって存在するほか、鴻巣市とともに鴻巣警察署の管轄内であり、電話番号の単位料金区域でも同じ熊谷MAに属し市内扱いであるなど、鴻巣市にとって最も密接な市である。鴻巣市の南西部および南東部(常光地区)の住民は北本駅を利用、北本市北部(深井地区など)の住民は鴻巣駅を利用することがある。なお、現在の鴻巣の街の基となった鴻巣宿は現在の北本市域から移設されたものである。


行田市

北東部で接している。当市とは国道17号、熊谷バイパスなどで結ばれている。吹上地区は中山道と日光脇往還が交差する地点にあたることから、中山道から忍城下へと至る中継地点として栄えた歴史を持つ。また、中山道にほぼ沿った経路で敷設された高崎線でも開通の翌々年に吹上駅が開設され、行田市の玄関口としての機能を果たしており、交流が深い。また、電話番号における単位料金区域では同じ熊谷MAに属し、市内扱いである。高崎線には行田市内に位置する行田駅が存在し、鴻巣市内と直接結ばれてはいるが、行田駅は行田市の市街地からは離れており、市街地へは吹上駅からのバス利用、または熊谷駅秩父鉄道に乗換えが必要になる。


熊谷市

北西部でわずかに接している。鴻巣市が北足立郡吹上町を編入したことで、隣接するようになった。電話番号における単位料金区域では同じ熊谷MAに属し、市内扱いである。高崎線の全ての快速列車(快速アーバン・通勤快速・特別快速)は、鴻巣駅の次は熊谷駅に停車する。


桶川市

南東部でわずかに接している。鴻巣市と桶川市を直接結ぶ公共交通機関は存在せず、北本市を経由する必要がある。高崎線の快速アーバンは鴻巣駅の次は桶川駅に停車する。また、上越新幹線は桶川市との市境を通過する。


北埼玉郡騎西町

北東部で接している。加須駅と鴻巣駅を結ぶバス路線があり、北埼玉郡騎西町を経由する。隣接する川里地区とは交流が深い。


南埼玉郡菖蒲町

南東部で接している。バスなど公共交通機関の連絡はない。


比企郡吉見町

西部で接している。東松山駅および川越駅と鴻巣駅を結ぶバス路線があり、比企郡吉見町を経由する。また、吹上地区の吹上駅に吉見町営バスが発着する。


歴史


地名の由来

鴻巣の地名は古来からのもので、この地のほかに茨城県栃木県福岡県にも同様の地名が存在する。古来からの地名ゆえその由来は不明だが幾つかの仮説が存在する。

高台の砂地を「コウ(高)のス(洲)」と言い換えて、その言葉が由来となったと言う説があり、これは大宮台地上に位置する古来からの鴻巣郷(現在の鴻巣市南部から桶川市北東部にかけての地域)および他地域の同一地名の地域の地形的特徴と合致する。

日本書紀に出てくる武蔵国造の乱で鴻巣郷に隣接する埼玉郡笠原郷を拠点としたとされる笠原直使主(かさはらのあたいのおみ)が朝廷から武蔵国造を任命され、一時この地が武蔵の国の国府が置かれたところ「国府の州」が「こうのす」と転じ、後に「鴻(こうのとり)伝説」から「鴻巣」の字を当てるようになったとする伝承もある。


変遷

古代から近世までの鴻巣市域は主に武蔵国足立郡に属し、一部の地域は埼玉郡大里郡に属していた。日本書紀によると534年安閑天皇より笠原直使主が武蔵国国造を任命され、埼玉郡笠原(現在の鴻巣市笠原付近)に拠点を持ったとされる。笠原から元荒川の上流10キロほど離れた埼玉郡埼玉(現在の行田市埼玉)にある埼玉古墳群は同時代の古墳であり、何の基盤の無い当地に突如として、関西地方に匹敵する中型前方後円墳が現れた事、稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣に彫られたヲワケの父の名のカサヒヨがカサハラと読める事から、笠原を本拠としたといわれる武蔵国国造の笠原氏の古墳ではないかという説がある。また、元荒川を挟んで笠原地区と正対する地域に生出塚古墳群が展開しており、生出塚、新屋敷、両支群の発掘調査により95基の古墳が確認され、未発見の古墳跡を含めると100基を越す元荒川右岸最大の古墳群と想定される。

1591年天正19年)より徳川家康の鴻巣での鷹狩りが頻繁に行われるようになり、1593年文禄2年)には鴻巣砦跡に鴻巣御殿が築造された。

1602年慶長7年)に宿駅整備に伴い、中山道宿場鴻巣宿がこの地(市宿新田)に移転したのち宿場町となった。なお、元の鴻巣宿は移設後、本(元)鴻巣を称し、本(元)宿→北本宿→北本と変化して、現在は北本市となっている。


1889年明治22年)4月1日 - 鴻巣宿・上生出塚村・下生出塚村が合併し、鴻巣町となる。

1954年昭和29年)7月1日 - 北足立郡鴻巣町・箕田村田間宮村馬室村北埼玉郡笠原村の1町4村が合併し、鴻巣町となる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki