返還前はイギリス軍が昂船洲(ストーンカッタース)や赤柱(スタンレー)などの基地に正規兵のほかにグルカ兵などの傭兵を含む海軍、陸軍部隊(駐香港イギリス軍)を駐留させていた。同司令官は香港総督の下に位置した。
返還後にはイギリス軍に替わり人民解放軍駐香港部隊が駐留している。人民解放軍駐香港部隊の司令部は、返還前まではイギリス軍の司令部が置かれていたセントラルのプリンス・オブ・ウェールズ・ビル(現在は「中国人民解放軍駐香港部隊大厦」)にある。人民解放軍駐香港部隊司令官は、中央軍事委員会および国務院国防部の下にある。香港行政長官には部隊への指揮権がない。
基本法の規定により、イギリスやイギリスの同盟国であるオーストラリアやアメリカを含む外国艦艇の休暇上陸(レスト&レクリエーション)を含む寄港は返還後も中央政府の同意を経て可能とされている。ただし、中央政府の意向により寄港が許可されないケースもある。
その成立背景から、規制が少なく低税率な自由経済を特徴とする。食料や日用品などの対外依存度が高い。もともとイギリスの対中国貿易の拠点であったことから中継貿易が盛んであった。第二次世界大戦後の1949年に中国共産党率いる中華人民共和国が成立すると、中国大陸本土からの移民が押し寄せた。そのため、安い労働力を活用した繊維産業やプラスティック加工を中心とする製造業へ産業構造を転換した。
1970年代からは、香港政庁が新界の住宅団地開発や地下鉄建設などインフラ建設を開始し(詳細は積極的不介入を参照)し、香港経済は急速な発展を遂げる。そして、1970年代後半になると労働コストの上昇や工業用地不足などの問題にも直面し始めた。
しかし、中華人民共和国の改革開放を受け、1980年代、従来の製造業は広東省の深?市や東莞市を初めとする珠江デルタへと移転した。こうして香港は、中華人民共和国を後背地とする金融センター・物流基地へ転換した。
1997年の返還後も中華人民共和国本土への依存は深まり、2003年には中国本土・香港経済連携緊密化取決めの第一段(CEPA?)が中華人民共和国本土と香港の間で調印され、その後も補充協議が実施・締結されている。さらに広東省のイニシアティブによる汎珠江デルタ協力(9+2協力)にも参加している。
なお、イギリス時代から高度に整備された民法と税制上の優遇措置、高い教育程度と豊富な英語人口などから、オフィスや住宅の家賃がアジア地域のみならず世界でも最も高いとされる。にもかかわらず、多くの欧米企業は中華人民共和国や日本を含む東アジア全域またはアジア全域を管轄する地域統括本部を香港に設けることが多い。
香港のGDPの80%をサービス産業が占める。また観光産業がGDPの約5%を占める他、古くから映画産業が盛んである。香港経済界の代表的人物は長江集団を率いる李嘉誠である。
香港の企業一覧も参照
電力や通信などのインフラストラクチャーから建設や運輸、金融や流通、サービス業やマスコミまで、様々な業種の大企業が揃っており、東南アジア圏内や中華人民共和国、日本へ進出している企業も多い。
主な財閥・企業グループは、イギリス系、華人(香港人)系、中国本土系の三つに大まかな分類ができる。華人系には長江集団や会徳豊などがある。また、伝統的にはイギリス系のジャーディン・マセソンやスワイヤー・グループ、香港上海銀行が有力だが、前二者は1970年代以降、華人系財閥による買収などで勢力を縮小させている。さらに中国本土系の企業としては、華潤集団、招商局、中国銀行 (香港)、中国旅行社やCITICがある。
貨幣・金利香港ドル
貨幣である香港ドルは、イギリス系の香港上海銀行とスタンダード・チャータード銀行(香港渣打銀行)、中国銀行 (香港)によって発行されている。ただし、10香港ドル紙幣の一部と硬貨は、香港金融管理局が発行している。また、イギリスの植民地時代に発行されたエリザベス2世女王の横顔入りのコインも引き続き使用している。
なお、返還後の2001年に金利が自由化されたものの、2005年5月18日にアメリカドルとのペッグ制から目標相場圏制度に移行されたことにより、金利は基本的にアメリカ合衆国の金利動向に追従する。
外貨準備高
1,360億USドル(2007年5月末、世界第9位)
主要な証券取引所として、1891年に開設された香港証券取引所(香港交易所/Hong Kong Stock Exchange)があり、東京証券取引所やシンガポール証券取引所と並び、アジアを代表する証券取引所となっている。市場の動きを表す指数として、代表36銘柄を対象として時価総額加重平均で算出した「ハンセン指数(恒生指數/Hang Seng Index)」がある。
株式市場
上場株式時価総額:1兆6,922億USドル(2007年2月)