旧市代氏名就任年月日
1工藤卓爾1898年(明治31年)7月4日
2笹森儀助1902年(明治35年)5月1日
3芹川得一1904年(明治37年)1月20日
4淡谷清蔵1908年(明治41年)12月7日
5-6工藤卓爾1910年(明治43年)4月22日
7阿部政太郎1917年(大正6年)2月7日
8工藤卓爾1921年(大正10年)2月28日
9阿部政太郎1925年(大正14年)2月12日
10中野浩1926年(大正15年)8月8日
11北山一郎1930年(昭和5年)8月8日
12加賀秀雄1934年(昭和9年)10月18日
13-15千葉伝蔵1936年(昭和11年)5月28日
16柿崎守忠1945年(昭和20年)7月28日
17-20横山実1947年(昭和22年)4月5日
21千葉元江1963年(昭和38年)4月30日
22-25奈良岡末造1967年(昭和42年)4月30日
26-29工藤正1979年(昭和54年)4月30日
30-34佐々木誠造1989年(平成元年)5月7日
新市代氏名就任年月日
1佐々木誠造2005年(平成17年)4月24日
旧・浪岡町で合併に関して町長のリコールによる住民投票が2004年(平成16年)12月26日に行われ、町長は失職。2005年(平成17年)2月13日に町長選挙が行わなれ、合併反対派の新しい町長になった。同月内に浪岡町議会が招集され住民投票決議案が出されたが反対多数で否決された。なお、町議会により住民投票決議案は五度にわたって否決されている。合併反対派の町長が誕生し、専決処分により青森市との合併の是非を問う浪岡町の住民投票が2005年(平成17年)3月27日に実施され、合併反対が6845票で、合併賛成の1097票を大きく上回った。最終投票率は46.99%であった。しかしすでに合併が決定した後だったため、合併を撤回できなかった。また、2004年(平成16年)10月26日に行われた浪岡町議会で合併議案を賛成12、反対6で可決したのち、加藤新吉元町長と合併に賛成した議員9人が町長のリコールに絡む買収事件や公共工事をめぐる贈収賄事件で逮捕・起訴されている。再び旧浪岡町の地区を独立させようという「分町運動」が続いてはいるが、これには市議会での議決が必要となるため、分町は極めて困難である。尚、2006年(平成18年)3月13日には青森市の中核市移行が県によって承認され、10月から中核市となった。
浪岡庁舎(旧・浪岡町役場)
柳川庁舎(旧・青森森林管理事務所)
横内支所
浜館支所
奥内支所
原別支所
後潟支所
野内支所
中央市民センター
勤労少年ホーム
西部市民センター
東部市民センター
大野市民センター
横内市民センター
戸山市民センター
古川市民センター
沖館市民センター
北部地区農村環境改善センター
油川市民センター
荒川市民センター(旧・荒川支所)
東岳コミュニティーセンター(旧・東岳支所)
高田情報センター(旧・高田支所)
青森市の産業構造は、卸売・小売業などの商業、サービス業、公務など第三次産業が中心となっている。
青森市の産業別就業者比率(2000年国勢調査)は、農林水産業2.8%、建設業10.7%、製造業8.2%、卸売・小売業・飲食店26.9%、サービス業30.2%、公務6.3%となっている。青森市は、青森県内の他の市町村に比べて農林水産業の従業者が少ない。製造業の比率は低く、卸売・小売業・飲食店、サービス業、公務の比率が高いのが特徴である。
青森市の青森中央インター付近に卸売団地、第二卸売団地、中央卸売団地があり、その南には総合流通団地がある。青森市金沢には、青森県民には馴染み深い工藤パンの工場がある。
一方、旧・浪岡町の地域では米・リンゴを基幹とする第一次産業が発達している。北部の大釈迦(だいしゃか)地区には工業団地があり、コカ・コーラやかねさ(味噌)の工場がある。
ショッピングセンター
ラ・セラ 東バイパスショッピングセンター (キーテナントはユニバース)
ガーラタウン・青森ウェストモール (キーテナントはマエダ)
上の2つはもともと亀屋みなみチェーン運営による「ジョイフルシティみなみ東バイパス店」「ジョイフルシティみなみ西バイパス店」であったが、経営破綻で別々の会社が買い取った。
サンロード青森(キーテナントはジャスコ)
浜田ドリームタウンALi
アプレ103(キーテナントは西松屋、サンデー、マックスバリュ)
後者の3つとイトーヨーカドーは半径1km内に立地しており、今後激戦区になると予想されている。
百貨店・スーパーマーケット
イトーヨーカドー青森店
さくら野百貨店青森店
中三青森店