オーストラリアは、アメリカと同様に、かつては白豪主義と呼ばれる人種差別が行われていたが、この制度は撤廃された。また、近年アジアとの経済的結びつきが大切であることが認識され、人種による階層差別は姿を消しつつある。しかしながら、先住民族であるアボリジニの問題も残されている。
日本では、憲法第14条が法の下の平等を規定しており、国民の間には世襲的な特権階級は存在しないとされている。ただし、例外として皇族は存在する。
しかしながら、現在では廃止されている被差別部落や旧華族といった歴史的な階級も、慣習として一部社会に残っている。さらには、国内の民族的マイノリティ(アイヌ、海外からの移住者等)が1990年代頃まで長らく少数民族としては公に認識されてこなかった歴史があり、事実上、階級化されているとの指摘もある(1992年まで外務省は、国内の少数民族を認めていなかった)。
このほか、医師、弁護士などの職業、博士の学位取得者、首長や議員などの政治家、学校長や税務署長などの公職者、武道・華道や囲碁・将棋などの技能称号、宗派内の高位の位階にある僧侶、芸能・スポーツ・叙勲などの各種の賞の受賞者、および人間国宝などの公的な認定制度を受けた者が広く社会の尊敬の対象とされる傾向があり、これが一種の階級として慣例的に通用する場合がある。ただし、これは名士としての扱いであり、席順、挨拶の順番、敬称や組織内部での発言力の序列程度で普遍的な区別・差別とは繋がらなく、直接的な世襲は行われない。しかし、家元や大学といった閉鎖された組織内においては、称号(または職名)が絶対的となる場合もあり、一部の人間は外部に対しても権威を振りかざす場合も存在する(これは本人の人格によるものであるが、制度・組織の脆弱性とも言える)。
また、主に企業などでは、職務の度合いに応じて責任を示す職階、役職(課長、部長、役員など)が、職務上の指揮命令の権限だけでなく、組織内での様々な待遇(食堂の別、運転手や執務用個室の有無など)の格差に及んでいる。
こうした職階の制度は職務に対する責任と報酬の度合いをはかるのに必要なものであるが、日本の組織内の階級制度はしばしば法的根拠を欠く業務外での待遇格差と指揮権限(いわゆる職権濫用)に及んでおり、商法に違反した重大な人権問題行為であるとも指摘されている(いわゆるパワーハラスメント)。例えば、就業規則に上位役職の業務命令を遵守するように規定される一方で、その業務命令の範囲と遵守違反に対する懲戒が明確でないケースがあり、遵守違反者に対する免職は裁判で会社側が勝った判決例が存在する。また、人事や給料の査定は上位役職の権限であり、職位によっては関連会社への発注権限もあるため、従業員や関連会社の従業員もしくはその家族は上位役職者の感情を害さないように業務外でも役職に従わざるを得ない場合もありえる。
こうした日本企業の特徴は、企業が株主でなく経営者のための経営と化し外部監査が機能していないことによる現象とも指摘される。実際に、上位役職者とその家族が、役職の権限を私物化して、裁判や社会問題になったこともある。
さらに、組織やその直接的利害関係者の外においてみても、個人の所属組織名や役職名が、銀行ローンの上限、ゴルフクラブの会員権やクレジットカードの種類に影響を及ぼしたり、その家族の結婚や就職などにまで影響することは珍しくない。このため、所属組織の権威・実力や、役職の肯定が、実質的な社会階級と化していることもある。もっとも、こうした傾向は政治家などの「名士」とされる人々においてもみられるし、必ずしも日本の民間企業に限った現象ではない。
また日本においては、学歴による階級も歴然と存在する。それは大卒・高卒といった教育程度による階級のみならず、出身大学名によって明確にランク付けされており、諸外国と違い学位の程度よりも優先する。すなわち私立大学の博士号より旧帝国大学卒の方が一般に尊敬されているのは周知の通りである。また近年は大学入試の易化により、普通科高校卒よりも下の階級とされるFランク大学が出現した。
これまで見てきたとおり、日本においては社会的・慣習的な階級・階層は確実に存在すると言える。第二次世界大戦後の日本は世界各国と比較して、階級による差別および資産の差は小さいとみなされてきた。しかしながら近年、国民の正当な権利である生活保護受給の行政による拒絶や、主にパートタイマーやアルバイトで生計を立てる人々が生活保護以下の水準の収入しか得られない、いわゆるワーキングプア層が出現。経済的な意味において新たに階級が作られることが危惧される。
8世紀に完成した律令制の下では、朝廷に仕える公民については、個々人は班田制に基づいて国家から平等に田が与えられることとされた一方、朝廷に仕えるものや国家に勲功があったものには一代限りの位階が与えられることとなり、実質上の貴族制度が維持された。
貴族は、厳密には五位以上の官位、即ち位階と官職に叙せられたものをいう。平安時代には貴族の家格の固定化が進み、鎌倉時代に至って朝廷にあって公卿として天皇を輔弼した公家と呼ばれる集団が形成された。一方、班田制の早期の崩壊によって社会の分化が進み、その中から武芸を家職とした武士と呼ばれる人々が力をもつようになった。鎌倉時代以降、武家と言って公家と並ぶ支配階層になる集団である。もっとも、武家の諸家系の間で社会階層は一定していたわけではなく、戦国時代までの間に浮沈が見られた。
江戸時代になると、公家と武家の間の階層は最終的な形が定着する。公家は摂家・清華家・大臣家・羽林家・名家・半家といった家格があり、またその下には地下と呼ばれる下級の公家がおり、同じ血筋における直系と傍系の差や代々授けられた官位に基づいて階層化された。一方、武家は将軍を頂点にその直臣は大名、旗本、御家人に大別され、また大名以下の家臣(陪臣)にも様々な家格が形成された。武家は血筋もさることながら、功績によって認められた領地や勢力、特別な格式など複合的な事由が家格を決定する要素となった。また、武家は家格の上昇、下降が存在した。