王室と世襲貴族を頂点に、爵位に基づく称号と栄典上の階級が大規模に存続しているのもイギリスの大きな特徴である。歴史的には上流階級の代表者であった世襲貴族は、特権が撤廃されつつあるが、社会の様々な分野で活躍・貢献した者は一代貴族や勲爵士として叙せられ、社会的な名誉を与えられる。勲爵士の称号は国外では単なるイギリス王室から与えられた勲章に過ぎないが、イギリス国内では「Sir」の称号など、ある程度の特権を受ける事ができる。
一方で、イギリスにおける階級は、世襲大貴族の階級的権威が彼らがもつ広大な荘園などの世襲財産とそれに基づいた生活習慣にあったように、文化、職業、生活スタイル、そして本人と周囲による認識によって規定されるものである。従って、叙勲を受けたからといって上流階級の一員とみなされないのが普通である。さらに現在では階級は必ずしも経済力を反映してはいない現状があり、特に下層上流と上層中流、下層中流と上層労働者において、しばしば経済状態の逆転が見られる。
ドイツは、マイスター制に示されるように、職業により階層と職階が分けられている。
かつて、それらの階層間での差別は少なく、かえって他の階層を尊敬する風潮もみられていた。これらの階層は、学校もカリキュラムも別々であったが、教育の共通化が計られるようになると、日本のような学校の序列が出来上がり、これが職業階層の差別と繋がるような風潮も出て来てはいる。
なお、階層の直接世襲は無いものの、移動は少なくかなり固定されている。また、旧東西ドイツが統一した後、その経済力の差により旧東西ドイツ国民の間での新たな階層が生まれることとなった。更には、単純作業者として国外の労働者を招き入れた結果、これが新たな階層と化している。
インドでは、法律上すでに階級は存在しないが、四大文明当時からの、一般にカースト制として知られる独自の身分制度が存在している。
カーストはバラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・シュードラの四身分に大別されるといわれるが、実際には、各身分内においても世襲職業などに応じて無数の区分が行われている。さらに、四身分に含まれる事すら許されない不可触民(アンタッチャブル)が存在している。これらの身分制度は宗教・生活と不可分に結びついており、インド全体の近代化において大きな妨げと指摘されるところであるが、インド人の間に現在も強く根付いており、問題視しない人も多いとされる。
タイは、爵位制度が存在する社会である。ラーチャウォン(王族)と呼ばれる人々がこの爵位制度によって階級分けされており、全部で5つ存在する。ラーチャウォンと呼ばれる人々には階級に応じて年金などの特権が存在する一方で、階級によっては政治関与などに制約がかかっている場合もある。(詳しくはラーチャウォンを参照。)
一方、アユタヤ王朝時代に作られたクンナーンと呼ばれる官僚にはバンダーサックと呼ばれる階級が存在した。バンダーサックは元々貸し与えられる耕作面積に応じて階級分けがなされたが、チャクリー王朝期には徐々に名誉的な階級に変化し、その人がどれだけ有力かと言うことを示す階級となった。これは、立憲革命時に新たなバンダーサックの下賜は廃止されたが、国王に剥奪されない限り名乗ることができたため、20世紀中期まで、バンダーサックを有する官僚らが活躍した。仮にバンダーサックを立憲革命以前に下賜された人が居たとして現に生存している場合、そのバンダーサックは公式にも使われるため、見方によっては現存の階級制度と見なすこともできる。
また警察や軍隊も階級(大将、軍曹など)を保持しており、公式な場では必ずこの階級が利用される。これを保持している場合、平民の敬称であるナーイ、ナーンなどは使われない。これは一度保有すると昇級や剥奪されない限りそのまま使い続けることができ、退職してもそのまま使い続ける事ができる。たとえば過去のタイの総理大臣であるプレーク・ピブーンソンクラームは元帥から退いた後も元帥の階級を保持しており、現在でも元帥という階級と共に呼ばれる。
アメリカ南部州では、かつては人種差別が立法されていた。60年代の公民権運動以来、差別法は廃止となっていった。一方、資産による区別は激しくなる傾向にあり、資産階級は犯罪時の対応や住宅街へ通じる道路の補修といった形での様々な恩恵を受けることもある。
実情では、資産階級になる早道として高報酬の職業、高いポストの職階に就くためには、実績、高い学歴や試験資格を得る必要がある。その教育に金をかけるという意味で貧民層(マイノリティーに多い)はその職業に就くことは困難である。またマイノリティーは、例え実績や学歴を積んでも、ある職階で出世が閉ざされる(ガラスの天井)ことが多い。一方で、ベンチャー企業の立ち上げによる資産形成や、スポーツ選手や芸能人として名士になる方法もあるが、一部のマイノリティーのベンチャー企業への投資には、見えない形で制限がかけられている場合が多い。また名士になれる可能性は、実力も飛び抜けて必要であり、また他の資産階級になる方法と比べ、確率が非常に小さいことにより、新たな形のマイノリティー差別との指摘もある。
オーストラリアは、アメリカと同様に、かつては白豪主義と呼ばれる人種差別が行われていたが、この制度は撤廃された。また、近年アジアとの経済的結びつきが大切であることが認識され、人種による階層差別は姿を消しつつある。しかしながら、先住民族であるアボリジニの問題も残されている。
日本では、憲法第14条が法の下の平等を規定しており、国民の間には世襲的な特権階級は存在しないとされている。ただし、例外として皇族は存在する。
しかしながら、現在では廃止されている被差別部落や旧華族といった歴史的な階級も、慣習として一部社会に残っている。さらには、国内の民族的マイノリティ(アイヌ、海外からの移住者等)が1990年代頃まで長らく少数民族としては公に認識されてこなかった歴史があり、事実上、階級化されているとの指摘もある(1992年まで外務省は、国内の少数民族を認めていなかった)。
このほか、医師、弁護士などの職業、博士の学位取得者、首長や議員などの政治家、学校長や税務署長などの公職者、武道・華道や囲碁・将棋などの技能称号、宗派内の高位の位階にある僧侶、芸能・スポーツ・叙勲などの各種の賞の受賞者、および人間国宝などの公的な認定制度を受けた者が広く社会の尊敬の対象とされる傾向があり、これが一種の階級として慣例的に通用する場合がある。