バックネット裏の「グリーンシート」を中心として、外野スタンドに向かって「アイビーシート」、「アルプス席」と続いている。さらにフィールドシートとしてグリーンシート下部に「TOSHIBAシート」、アイビーシート下部に「みずほ銀行シート」を設けている。これらのフィールドシートの名称はネーミングライツによるもので、2008年からの5ヵ年契約(高校野球開催時を除く)である。なお他の多くの球場と違い、フィールドシートには防球用の金網があり、さらに後列との往来は制限されていない。
2006年からレフト上段に「ビジター応援席」が設置されるようになった。ただし巨人戦と千葉ロッテ戦(翌2007年から)のみ下段最前列まで設定されている。2008年からは他の球団の範囲を若干増やした。(もともと対中日戦、対広島戦のみ増やす予定だったがコンピュータの不具合でほかの7球団でも増えることとなった。)なお、大阪ドームを同じ本拠地とするオリックス戦のみ、観客席でのトラブルをさけるためにアメリカの「シカゴカブス対シカゴホワイトソックス」、「ニューヨークヤンキース対ニューヨークメッツ」のように三塁側の分配を検討している。
高校野球においては全席自由席となり、グリーンシートとTOSHIBAシートが「中央特別自由席」、アイビーシートとみずほ銀行シートが「1塁特別自由席」と「3塁特別自由席」になる。アルプス席はそのままであるが、学校の応援団が優先となる。外野席は無料開放(入場制限はある)される。
2001年まで「アルプス席」という名称は高校野球開催時のみ使用されていたが、プロ野球でも「アルプス席下さい」という人が後を絶たなかったので、2002年以降はプロ野球公式戦でも「アルプス席」という名称を用いている。巨人戦 およびオールスター戦・日本シリーズなどの特別試合では『内野B指定席』と呼ばれていた。その他のプロ野球公式戦では、アルプススタンド=『内野自由席』であった。
改築前の座席区分はフィールドシート部分が「ボックスシート」、アイビーシート部分が「イエローシート」(一塁側)・「オレンジシート」(三塁側)であり、グリーンシート部分は今より狭いものであった。また席の色は緑・黄・オレンジとそれぞれ名称別に塗りわけられていた。2001年シーズンまではアルプスを除いた内野席上段部全体を『内野A指定席』と設定し、緑色のシートが設置されていた。
星野仙一は監督時代、オレンジシートを指して「あれじゃジャイアンツカラーじゃないか、変えたほうがいい」と言っており、実際に他の色に塗り替えられるのでは、とよく噂された。また星野は「あのシートをファンで埋めて、見えないようにしたい」という趣旨の発言もした。そのため、インタビューなどで「甲子園に来てください」と発言するようになった。さらに選手も同様の事を行い、観客増加に力を入れた。ただ、オレンジシートのメンテナンスはイエローシートほど行き届いておらず、色が褪せたり傷んでいる椅子もいくつか見受けられた。
アルプススタンド内部は簡易室内練習場となっており、プロ野球ではここにあるブルペンを使用し、中継ぎ投手が肩を作っている(指名されたら、アルプススタンドと外野スタンドの隙間からリリーフカーに乗せられ、マウンドに向かう)。アルプススタンドから通路への出入口が上部にしかないのはこのためである。室内練習場になる前は、一塁側は体育館、三塁側は25mの温水プールであった。「三塁側の室内練習場は天井が一塁側よりやや低く、床も高くなっている」「三塁側室内練習場の外にはマンホールが多数設けられている」など、元がプールであったことを彷彿とさせる部分が今も確認できる。
高校野球では雨天時や試合前の練習に使用されるのみで、試合中はファウルゾーンにあるブルペンを使用する。
ラッキーゾーン撤去後の数年間は、プロ野球でもファウルゾーンにあるブルペンを使用していた。
建築当初はグラウンドは三角形で、ポール際のコーナーが丸みを帯びるという形状であったため、中堅120m、両翼110mに対し左右中間が128mもあるという設計で、1934年の日米野球に出場したベーブ・ルースをして「この球場ではホームランは打てない」と驚かせた。その後スタンドの増築工事に伴ってフィールドは現在の扇形となり狭くなったが、それでもなお日本の野球場としては広大であり、小柄で非力な当時の日本人選手の体型とボールの品質の低さもあって、本塁打が極端に出にくい仕様であった。これがラッキーゾーン設置のきっかけとなった。
現在では中堅120m、左右中間119m、両翼96mという数値が公表されている。東洋一とも言われる左右中間の深さを生み出す外野フェンスのゆるやかな曲線は、他の球場には見られない独自の形状である。両翼はアルプススタンドが前方に張り出しているために数値としては小さいが、その部分はわずかであり、ゆるやかな外野フェンスがポールのそばで急に角度を増すような形状である。このため実質的には両翼も充分な広さを持っている。
内野グラウンドは独特の黒土である。鹿児島、鳥取、大分など日本国内の黒土と中国福建省の白砂をブレンドしている。季節の雨量や太陽光量などを考慮し、春は白砂を多く(黒土5.5:白砂4.5)、夏は黒土を多く入れる(黒土6:白砂4)などしてブレンド具合を変えている。内野で激しい動きを見せるボールの行方を、球場観戦者にも見えやすくするための配慮である。 高校野球では敗戦するとこの土を持ち帰ることで有名。しかし、戦後しばらくの沖縄県の球児は土を持って帰っても検疫の観点上、海上で投棄するなどの処分を求められ、沖縄県に持ち帰ることは出来なかった。
外野グラウンドは、日本のプロ野球の本拠地としては稀少となった天然芝である。開場当初は外野も土のグラウンドであったが、1928年12月から1929年2月にかけて張り付けられた。
1982年からオーバーシードといわれる芝の二毛作方式を採用している。夏芝「ティフトン」と冬芝「ペレニアル・ライグラス」を用いることによって、一年中芝生でプレーできるようになった。夏芝から冬芝への張り替えが9月下旬から10月上旬、冬芝から夏芝への張り替えが4月下旬から5月上旬である。
ただ、内野のバックネットやベンチ周辺の芝は人工芝となっている。
マウンドピッチャーマウンドのプレート後部蛇口を使用して内野グランドの水撒き作業
ピッチャーマウンドのプレート後部には、放水用の蛇口がある。高校野球の試合前に、7〜8人の整備員が一列に並んで内野全体に大型のホースで水を撒いている姿がよくテレビで放映される。この水は井戸水で、海から近いために若干の塩分を含んでおり飲用には適さない(夏の高校野球名物「かち割り」に使われる水は六甲山系の天然水を用いている)。かつて、近畿で真夏に異常渇水に見舞われた時、井戸水を使用していることを知らない人たちが「水の使いすぎ」と問題視したこともあった。
外壁を覆う蔦は1924年12月に植栽された。正面の7号門と8号門の周りには日当たりの悪いところでも生育しやすいウコギ科の蔦を、その他の部分は冬に葉を落とすブドウ科の蔦を採用し、阪神園芸の手で管理されている。