阪神甲子園球場
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スコアボード


歴史3代目スコアボードの全景(2007年第89回全国高等学校野球選手権大会スコアボードの右半分(2006年第88回全国高等学校野球選手権大会の決勝再試合)

開設当時の甲子園のスコアボードは得点掲示のみをする仮設の板であった。これは1924年の夏の高校野球の開催に間に合わせるために球場を建設したため、常設のものが間に合わなかったためである。1925年に選手名も表示するスコアボードが正式に開設された。この当時から球場独特の明朝体の選手・チーム名表記がなされていた。

しかし、当時のスコアボードは最大で十六回までしか書き記すことが出来なかった。1926年の夏の大会・静岡中学 - 前橋中学の試合は延長十九回まで続き、常設のスコアボードにやぐらで仮設のスコアボードを急ごしらえして凌いだ。その後1933年準決勝の明石中学 - 中京商業の試合は二度と破ることができない延長25回(現在規定では延長15回までのため)まで0-0の同点という試合(試合は中京商業がサヨナラ勝ち)となり、その仮設のやぐらに0のパネルが並び続けたため見辛いということから、1934年にスコアボードを改修することになった。

2代目のスコアボードは1934年から1983年までの延べ半世紀にわたって使用された。スコアボード左側に選手名表記、真ん中に時計とボールカウンター(ただしストライクも赤色ランプ)、審判団、右にスコア(当初は上段に九回まで、延長十回以後は下段に記した)を表記するものだった。高さは現在の3代目スコアボードの半分程度(スコア表示部分と三菱電機の広告がある緑色の部分の境目あたり)であった。

当初は阪神電鉄の車両部のスタッフが遠隔操作でスコアやボールカウンターを操作していたが、ナイター設備が1956年に完成すると、それをカバーする目的で使われていたガラスが反射して見辛いことから、ガラスを外して手動に改修。1958年にはスコア表示を十二回までとし、下段はその日の試合結果(プロ野球の場合は他球場の経過)を表すものに変更された。

2代目の選手名、(高校野球の)チーム名は、全て球場係員の手による、白ペンキを用いた手書きであった。選手名は全て明朝体に近い独特の書体で書かれていた(明朝体よりもやや横幅が広いので字全体がひしゃげた感じになる)。電光掲示が少なかった当時においても、明朝体で選手名を表示する球場は少なかった。

ただし基本的には2文字分記入するのが精一杯のサイズだったために、3文字はまだしも4文字以上の選手名の表示(記入作業)は難しいもので、チーム名も基本的には2文字分(例:広島商業は「広商」)の大きさだった。書体ともども、職人芸といえる高度な技術が必要であった。さらに作業はスコアボードの裏側で行われたため、夏期は屋外以上の熱気がこもり、肉体的にも消耗度の高い大変な作業であった。

また、雨中の試合においては手書きの部分のペンキが雨で流され、時間の経過とともに読みとれなくなることが多かった。この状態はよく「(スコアボードが)涙を流す」とか「洟(はな)を垂れる」などと表現されていた。

高校野球において、プロ選手(特に阪神タイガースの選手)と同じ苗字の選手がいた場合は、プロ選手用のボードを使いまわすこともあった。また、プロ選手のボードは金属製であったが、高校野球用はベニヤ板だった、との証言もある。

これらの特徴もまた甲子園の独特の雰囲気を演出していたため、2代目のスコアボードへ強い思い入れを持つオールドファンは多い。

その後球場開設60年を機にスコアボードの近代化を実施することになり、1983年秋から冬にかけて半世紀にわたって使用された2代目スコアボードが取り壊され、1984年から2代目をモチーフにした電光掲示板(3代目)を2代目の真後ろに設置した。3代目は2代目の雰囲気を残すため白色電光による白黒ボードとされた。イニング単位のスコア表示は十回までに省略されたが、新たに合計得点(計)・ヒット(H)・エラー(E)の数字も表記出来るようにした。上半分は現在のバックネット裏にあるものと同様にチーム名や各イニング得点などの部分ごとに分割されており、その下に白黒の大型電光掲示板があった。

1993年から右半分の電光掲示板がスコア部分を含めて一体化・全面カラー化され、動画も取り込めるようになった(三菱電機の「オーロラビジョン」を採用。なお十一回からは改めて十回までのスコアを消去した上で十一回からのスコアを入力(十一回以降のイニングの漢数字は1文字分のところに2文字が縦書きで表示される)。スコアのイニングス表示は大会の規定イニングス分【春の選抜大会と夏の全国大会の高校野球は十五回、プロ野球は十二回、プロ野球の日本選手権シリーズは十五回】までとなる)。

2005年からオーロラビジョンがブラウン管方式からLEDに変更されたため、スコア部分の1文字あたりドット数が増えた(16×16→24×24。オーロラビジョン以外の部分は16×16のまま)。ただし、LEDの方が電球より小さいため、文字の大きさ(縦・横の長さ)自体は変わっていない。現在のオーロラビジョンは49万1520個ものLEDによって構成され内部には人は居ない状態。

2007年現在、プロ野球開催時にオーロラビジョンで流されるCMトヨタ自動車上新電機伊藤ハム大阪四季劇場キリンビールアサヒビールなど。

なお、2代目以降、大時計下にはSEIKO,3代目の途中からCITIZENの広告が入り、2002年以降は右側オーロラビジョン下部にトヨタ自動車の広告が入る。


表記

電光板左側の選手名・チーム名表記は、手書き時代と同じように明朝体の字体を忠実に再現している。ただ、選手名を表示する枠は一行で6文字までしか表示出来ないため、7文字を超える選手は文字を小さくして枠の中に二行に分けて表示している。

1990年 - 元中日ディステファーノ選手は「ディステ(改行、右へ二文字下げて)ファーノ」と表示された(第1号)。

1997年 - 元阪神グリーンウェル選手は「グリーン(改行、右へ二文字下げて)ウェル」と表示された。

2001年 - 元広島シュールストロム選手は「シュール(改行、右へ一文字下げて)ストロム」と表示された。

2005年 - 西武フェルナンデス選手が「フェル(改行、右へ二文字下げて)ナンデス」と表示された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki